第9話 だから、引き継ぎと挨拶したかったのに(´;ω;`)

一方その頃、聖王国。

この国では少しずつ、シルが抜けた弊害が起きつつあった。


「むり、なんで、どうして、わたしが」


聖石の稼働、その確認の仕事を任されたとある聖女。

聖王国の聖女には序列がある。

彼女は聖王国に所属する聖女の中で最下級の存在だった。

新人か最下級の者が雑務を担うのが通例である。

そのため、彼女はシルが行っていた仕事を割り振られていた。

今回は、聖石の確認と結界の張り直し、そして国内に発生してしまった魔物の討伐が任務であった。

最下級の聖女でも、聖女は聖女。

そのため護衛の騎士が何人も同行している。

しかし、


「いやだ、ヤダヤダヤダ!!」


その騎士はいまや、物言わぬ肉塊に成り果てている。

地獄絵図、死屍累々、血の海。

そんな光景が彼女の前に広がっていた。

そして彼女の前に立ちはだかるのは、発生した魔物であった。

オオカミの姿をしたその魔物は、唸りつつ、ジリジリと彼女との距離を詰める。

彼女は、逃げ出そうとした。

しかし、それは叶わない。

オオカミは彼女に飛びかかり、その喉笛を噛みちぎってしまう。


「……ひゃ、ヒュッ」


悲鳴ですらない声が微かにもれて、彼女は絶命した。

その肉が貪られ、彼女もまた肉塊と化したのだった。


数時間後、定期連絡がなかったため、別の騎士が派遣されその惨状を発見することとなる。

しかし、オオカミの姿はどこにもなかった。


同様のことが聖王国各地で起きつつあった。

その度に最下級の聖女と、護衛の騎士が派遣され、犠牲となっていった。

ついに中級の聖女達にまで話がまわってきた。


「あの雑菌男に任せればいいでしょ?!

あの男はなにをしているの?!」


彼女達は知らなかった。

国だけではなく、彼女達の命の防波堤でもあった少年が、この国から追放されたことを知らなかったのだ。

犠牲となった聖女たちにはもちろん、ほかの聖女から蘇生魔法が施された。

しかし、あまりにも損傷が酷く上級の聖女たちでも蘇生も回復も難しかったのだ。

蘇生しても、苦しみが長引くだけなのである。

そして、血なまぐさいそんな仕事を誰もやりたがらなかった。

これは、シルの仕事だと考える者が多かったのである。

やがて、このことは聖王国の第一王女にまで届くこととなる。

第一王女は第二王子の姉である。

そして、次期国王と目されている人物だ。


王女は、すぐにシルへ派遣を命じようとした。

しかし、そこでようやく彼女も彼の不在を知ることとなったのだ。


「あんの、愚弟がぁぁぁ!!!!!!」


妨害によってシルを手元においておけなかったのが悔やまれる。

よりにもよって、歴代最高の聖女の弟子を追放するなど、言葉が出てこない。

さらに愚弟は同盟国であるアーヴィス国からの、聖女派遣について打診され、これを断ったというのだ。

アーヴィス国との友好関係に溝が出来てしまった。


本当に様々な事情があり、ほぼ第二王子派の貴族たちからの妨害を阻止できなかったことが悔やまれる。


「クソ、なにもかも狂った!!」


少なくとも王女、セレスはシルの味方であった。

シルの義理の祖母であり、師匠でもある歴代最高聖女エリスから預かった大切な存在だったのに。


それだけじゃない。

国のためにも、セレスは彼のことは秘匿しようと決めて動いていた。

シルはエリスよりも聖女としての力と才能があった。

他の国に知られるわけにはいかない存在であり、この国の宝だとセレスは考えていたのだ。

シルの存在が記録から抹消されていたのは、彼女の仕業である。

いずれ手元に取り戻す、そう決めていたのに。

そして、それはもうすぐそこまで来ていたというのに。


想像以上に時間がかかってしまった。


これは自分のミスであり、力不足故のことだと彼女は理解していた。

第二王子派の貴族と官僚、聖女達からシルへの態度はあまりにも酷すぎた。

それが国民にもいつしか伝播していったのだ。

聖王国内でだけ、記録から消そうがシルの存在はマイナスの方で認知されていた。

万が一のことを考えて国外の人間向けに存在の記録を消しても、国内に関してはセレスにだって、どうしようもなかったのだ。

手元に取り戻したら、彼を迫害してきたもの達へ証拠を突きつけ人生を破綻させてやろうとしていたというのに。

なにもかもが遅すぎた。


しかし、怒ってばかりもいられない。

こうなったらなりふり構わずに、動くしかない。

まずは、シルを保護しなければならない。

彼が、彼だけがこの現状を何とかできる。

セレスはすぐに隠密任務に特化した部下たちを、国外へ派遣した。


同時に、彼女の派閥に属する上級聖女達を事態収拾のために派遣する。


派遣された聖女達で事態はなんとか終息した。

しかし、無事では済まなかった。

二名ほど犠牲となってしまったのだ。


こんなことが続けばいくらなんでも、聖王国は疲弊し、待っているのは滅亡だ。

さらに悪いことに、筆頭聖女ルリは第二王子愚弟派なのだ。

国の窮状に政争など気にしていられないが、愚弟にはそれがわからない。

せめて、国王の体調が戻れば……。

しかし、そんな都合のいいことは起こらない。

国王の体調は芳しくない。

国王をシルに診てほしかった。

でもやはり妨害されたのだ。

そして、代わりにセレスがその代理として公務についているのだ。


「なんとか、シルが戻ってくるまで持ち堪えなければ!」


※※※


この国の人達はいい人たちばかりだ。

俺が、仕事をしても石を投げてこない。

食事の邪魔もしない。

なんなら気遣ってくれるし、笑顔を向けてくれる、挨拶をしてくれる。

つまりは、無視をしない。


セレス様みたいに優しい人たちにばかり出会う。


そんなアーヴィス国の生活にも慣れてきた頃。

俺は、今の聖王国のことを知った。


大陸全土で発行されている【大陸国際新聞】。

それに、聖王国の聖女達が瘴気の対応と魔物退治に、次々と失敗して命を落としている、と見出し一面に載っていたからだ。

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