第8話 前職場のノリで仕事してたら大騒ぎになった件

聖女の朝は早い。

俺、男だけど。


太陽が昇る前に目覚め、聖水で身を清め、祈りを捧げる所からはじまる。

聖水は昨日のうちに用意しておいた。

水さえあれば、自分で作れるからだ。

フリージアさんはさすがに、まだ勤務前だった。

起こすわけにもいかない。

身支度を整え屋敷を出る。

今日の予定については、昨日の時点で伝えてあるからなにかあれば呼びにくるだろう。


まずは一番ちかいところにある聖石の確認だ。

聖石は、瘴気の発生を最小限にとどめたり、外部から国内に魔物が入ってこないようにするためのものだ。

そのため、こまめに確認しなければならない。


聖石の不具合に気付かず、結界が効力を発揮せずに国内で瘴気が大量発生しそれによって魔物によるスタンピードが誘発されて国が滅んだ事例は、有史以来、枚挙にいとまがない。


しばらく結界の張り直しはしないでいいと言われてはいるが、それでも確認を怠ることはできないのだ。


屋敷を出ると、早朝ランニングや散歩をしている人たちとすれ違う。

じろり、とみられて体が強ばる。

けれど、


「あ、おはようございます。神官様」


「おは、ようございます」


ただの挨拶だった。

その表情の中に蔑みなどはない。

本当に隣人にする挨拶だ。

挨拶をされたので、こちらも挨拶を返した。

挨拶など、こちらからすることはあっても返されたことはほとんど無い。

だから、普通に向こうから挨拶をされたことが新鮮だ。

神官用のローブを着ているからか、やはり神官とおもわれてしまうらしい。

その方が都合がいいのでわざわざ訂正したりはしない。


それにしても、本当いい人たちが多い。

聖王国じゃ、気持ち悪いバイ菌扱いだったからこんなふうに挨拶をしてくれる人なんていなかった。

ラテマでもそうだったが、自分を知らない人がいる場所は案外心地いいのかもしれない。


※※※


フリージアがシルの世話をしようと部屋を訪れた。

シルは昨日、この国に着いた。

今日はあちこち回って、場所の説明などをすることになっている。

ノックをするが、返事がない。

不審に思って部屋に入ると、シルの姿がなかった。

ご不浄にでも行ったのだろうか、と考えたがいつまで経っても戻ってくる気配が無い。

屋敷の中をくまなく調べた結果、シルの行方不明が発覚したのだった。


当然、大騒ぎになってしまった。


※※※


「ありがとうございます、ありがとうございます」


泣きながら感謝されたのは初めてだ。

聖石の確認をしたあと、俺が向かったのはとある孤児院だ。

早朝なので迷惑は承知の上だったが、それでも対応してくれた孤児院の先生にはこちらこそ感謝である。

泣いて感謝の言葉を連呼しているのはこの先生であった。

新任の神官が、聖女の代理で来訪する旨は伝わっていたので話がスムーズに進んだのもあるだろう。


この孤児院で面倒を見ている子供たちが複数人、瘴気によって体調を崩し、中には生死の境を彷徨う子もいると資料にあった。

優先度を繰り上げて、こちらに来て浄化と回復をおこなったのだ。


「いえ、しばらくは遊びすぎないよう注意していてください。

元気になった途端、はしゃぐ子は多いですから」


生憎、今日は手持ちのポーションが無いので後日送ろうと考えた。

孤児院をあとにし、次はここからいちばん近い民家で同じ症状の人を診て、浄化だ。

そのあとは、また別の聖石のチェックをして。


ここは首都だから、首都から離れた場所にある聖石の確認は明日以降になる。


首都に近い聖石の確認後は、診察して回った方がいいだろう。

帰宅したら、ポーションをつくって。

あ、材料買わなきゃ。

買って帰るか。

メインストリートに行けば店はあるだろうし。

ゴードンさん達に昨日頼んでおけばよかったかな。

いや、ダメか。

仕事の管轄外だ。


携帯食料を食べながら歩く。

この携帯食料は、聖王国に本社があるのだが大陸各地で購入できる。

慣れ親しんでいる味だし、ここの業者のものは冒険者の間でも評判なのだ。

なんと言っても美味しいのである。

さまざまな味がある。

いちばん人気は、ガーリックペッパー味とのことだ。

俺はチョコ味が好きなので、もっぱらチョコ味を買っている。

とりあえず、まだ仕事初日だからいつもの半分以下の仕事量になってしまうのは申し訳ない。

こちらでの生活や地理に慣れれば、元通りにできるはずだ。


※※※


騒ぎの報告を受けて、ノアがすっ飛んできた。

急逝した聖女の件もあるから尚更である。

ようやく見つけた、この国の盾であり壁だ。

また失うわけにはいかないのだ。


状況を把握し、すぐに屋敷周囲への聞き込みが開始された。

そしてすぐにシルの動向がわかった。

聖女の代理として、新任の神官がやってきたという話は国民にも伝わっていた。

だから、見慣れない新顔のシルがそうなのだろうと早朝ランニングや散歩をしていた人たちはすぐにわかり、挨拶をした事を証言してくれたのだ。


それからフリージアが昨日のうちに、ざっくりと今日の予定をシルが話していた事を思い出した。

調べてみたら瘴気による被害者たちのリストが消えていた。

優先度を見直していたことも思い出す。

孤児院が最優先となっていたはずだ。

ノアはフリージアを伴い、すぐに孤児院へと向かった。


しかし、空振りに終わった。

早朝に子供たちの浄化を終えると、すぐに立ち去ったらしい。

ならば、と次点で優先度の高かったとある民家へ向かう。

こちらも空振りだった。

その後も空振りが続いた。

たしかにシルは、瘴気による体調不良者への診療で訪れてはいたが、すでに去ったあとだったのだ。

しかし、とにかく首都から出ていないのは確認できた。


次の体調不良者の元へ向かおうとした時、報告があった。

シルがメインストリートで目撃されたというのだ。


急いでそちらに向かえば、業者よろしく荷車いっぱいにポーションの材料を買い込んで歩いているシルを発見したのだった。


「あれ?

殿下とフリージアさん、どうしたんですか??」


すぐに屋敷へ荷車ごと連れ帰り、事情をきくと報連相の行き違いがあったとわかった。


※※※


おもったより自由に行動が出来ないらしい。

聖王国より行動が制限されるとは思っていなかった。


「すみません」


もっとちゃんと細かなルールについて確認しておけばよかった、と反省しかできない。


「いや、無事でよかったよ」


そんな、守られるような存在でもないんだけど。

と、考えたところ気づいた。

そうだ俺の代わりはまだ見つかってないんだった。

急逝した聖女の代わりに、俺はここにきた。

でも、正式にほかの聖女が見つかるまでの代理でもある。

しかし、なんらかのトラブルで俺が死ねばこの国の国防が大変なことになる。

聖王国では、


【お前の代わりはいくらでもいる】

【なんならその代わりのために死ぬのが、お前の仕事】


と言われてきたから、感覚が完全に麻痺していた。

死ぬのは嫌だったから、心の中でお前が死ねや色ボケ王子が、と罵っていたのはいい思い出だ。

どうせなら追放を言い渡された日に言ってやればよかったな、今更ながらに思う。

なにせ、フェルナンド王子と筆頭聖女ルリは、執務室でよく愛を確かめあっていたからである。

職場でなにしてんだ、ボケが、と言いたかったがあとでどういうことになるかは分かっていたので黙っていた。


それはともかく。

いま、俺が死んだらこの国の結界含めた諸々がアレになって、結果的にやばい事になる。


今度から気をつけよう。

あとでフリージアさんと、スケジュールについていろいろすり合わせをしなければいけない。

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