自分で作った異世界なら無双できると思った作者の俺、設定は全部知ってるのに最終章の終わらせ方だけ分からない件
朧木 光
初めての異世界転生編
第一章 作者、異世界転生する
――最強ルート? そりゃ把握してますけど?
最終章の原稿は、今日も見事なまでに沈黙していた。
いや、正確に言うと――
沈黙という名の圧を、全力で放っていた。
モニターの中央に表示されているファイル名は、
【第十六章(仮)】
……仮。
この「仮」という二文字、
そろそろ外れてもいい頃だと思うんだけど?
カーソルが、カチ、カチ、と点滅する。
まるで、
――まだ?
――まだ書かないの?
と、無言で煽ってくるかのように。
「……ほんと、最後だけ書けねぇな」
思わず本音が漏れた。
俺はライトノベル作家。
ペンネームは
……うん、我ながら痛い。
でも商業的には覚えやすいし、編集ウケもいい。
だから使ってる。
中盤までは、正直かなり得意だ。
キャラは勝手に喋るし、
ギャグはテンポよく回るし、
シリアスに入るタイミングも分かってる。
読者が「ここで来る!」って思う脳汁ドバドバ展開を書くのは大得意だ。
編集にも、毎回こう言われる。
「先生の作品、中盤が一番面白いんですよ」
……知ってる。
問題は、そこから先だ。
魔王を倒すところまでは書ける。
世界を救うクライマックスも、ちゃんと描ける。
でも。
どう終わらせるかが、分からない。
勝ったら終わり?
はいエンドロール?
いやいやいや。
勝った後も人生は続くし、
救われた世界にも翌日は来る。
それを
「めでたしめでたし」で雑に切る勇気が、
俺にはどうしてもなかった。
本名は、
田んぼと山に囲まれた、
ド田舎出身の、どこにでもいる名前だ。
だからだろう。
物語の「終わり」を、
軽く扱えないのは。
「……めんどくせぇ性格だな、俺」
自分にツッコミを入れつつ、
冷め切ったコーヒーを口に運ぶ。
――苦い。
……いや、今日のは特に苦い気がする。
その瞬間だった。
視界が、ぐらりと揺れた。
「……ん?」
疲労か?
徹夜のせいか?
そう判断するより早く、
世界がゆっくりと傾き始める。
椅子が遠ざかり、
床が、すっと抜けた。
「……あ、これヤバい」
音が、消える。
生活音が、全部フェードアウトする。
光が、薄れていく。
そして――
⸻
最初に戻ってきたのは、匂いだった。
湿った土の匂い。
青い草の匂い。
あと、
なんか懐かしい感じのやつ。
「……ん?」
次に感じたのは、背中の感触。
硬い。
冷たい。
――地面?
「……え?」
目を開ける。
そこにあったのは、
やたら綺麗な青空だった。
いや、綺麗すぎる。
CGか?
フィルターか?
雲の形も、
「はいはい、ファンタジー用に整えましたよ」
みたいな完成度。
「……は?」
言葉が、ワンテンポ遅れて出た。
電柱、なし。
道路、なし。
見慣れた現代日本の要素、ゼロ。
体を起こす。
「……痛っ」
背中が、ちゃんと痛い。
夢特有のフワフワ感?
そんなものは一切ない。
「……あ、これ夢じゃねぇわ」
まず、そこを受け入れる。
次、足元。
「……ブーツ?」
革製。
しかも、履き心地が異様にいい。
ズボンも、
無駄を削ぎ落とした感じの布製で、
動きやすさ重視。
「……いや、どこの異世界通販だよ」
その時。
遠くから、金属音が聞こえてきた。
剣と剣が打ち合わされる、乾いた音。
それを聞いた瞬間、
脳の奥で、勝手に文章が再生される。
《この世界では、剣士の訓練音が日常のBGMになる》
「……っ」
心臓が、一瞬止まった。
――俺が、書いた文章だ。
嫌な予感を抱えたまま視線を上げると、
草原の奥の方に、
白い城壁がうっすらと見えた。
円形じゃない。
微妙に歪んだ四角形。
「あー……」
思わず声が漏れる。
量産型ファンタジーに見えないよう、
資料を漁って設計した城壁。
偶然?
ないない。
「……はい、確定」
ここは、
俺が作った異世界だ。
⸻
「おーい。大丈夫か?」
背後から声。
振り返ると、鎧姿の青年が立っていた。
爽やか。
真っ直ぐ。
正義感が服着て歩いてるタイプ。
(……来たな)
脳内で、即ラベリング。
――勇者候補。
「街へ行く途中なんだ。一緒に来るか?」
はいはい、序盤同行イベント。
導線、完璧。
この時点で、
俺はもう分かっていた。
この世界の地形も、
魔物の種類も、
イベントの発生条件も。
全部、知ってる。
「……名前は?」
一瞬だけ迷って――
勢いで言ってしまった。
「クロウ・エンドフォール」
(あっ)
言った直後に、
内心で全力ツッコミ。
(なんでそれ言った俺!?)
昔、ネタで考えた厨二病全開ネーム。
没にしたやつ。
でも青年は、特に気にしていない。
「変わった名前だな。冒険者っぽい」
……セーフ。
街へ向かう道すがら、
俺は確信していた。
――この世界で、俺は最強だ。
設定を知ってる。
流れが分かる。
失敗ルートも把握済み。
少なくとも、
物語の中盤までは。
問題は、その先。
この世界の結末だけが、
まだ、俺にも見えていなかった。
次の更新予定
2025年12月26日 18:00
自分で作った異世界なら無双できると思った作者の俺、設定は全部知ってるのに最終章の終わらせ方だけ分からない件 朧木 光 @hlnt_arc
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