第3話:問答無用!――母の鉄拳と、ぬいぐるみの告発
(……あ? ……重い。まぶたが(影にまぶたはねぇが)重すぎる。……俺、消えてねーのか?)
暗闇の中で、聞き覚えのあるログが響く。
【システム:緊急再起動(リブート)完了】 【致命的なエラーから復旧しました。スキル『存在喰らい』により『反魔力毒』の変換に成功。宿主からの魔力供給により、存在の再構築を完了しました】
(……冗談だろ。永遠に続くような絶望の中で、お嬢にお別れを告げたってのに。現実じゃあ、まだ一分も経ってねーじゃねぇか……)
カッコつけて損したぜ、と毒づく気力もない。 だが、寝ている暇はなかった。扉の向こう、あのメイドの「ツノ野郎」が、獲物を仕留めに再び足音を忍ばせていた。
眠りに落ちる寸前、俺を繋ぎ止めたのはお嬢の『生きたい』という執念だった。 おかげで俺の体は、毒を喰らいながら進化し、お嬢の魔力を燃料にして無理やり蘇生しやがった。
そして、俺の気配察知(そんなスキルないんだけど)が扉を開けて再び忍び寄るアリスの気配を捉えた。
眠りに落ちる寸前、扉を開けて再び忍び寄るアリスの気配を捉えた。彼女は、スープがこぼれたことを「お嬢様の不注意」として片付け、今度は別の――さらに逃げ場のない方法で「トどめ」を刺しに来たのだ。
「申し訳ありません、お嬢様。お召し替えの前に、このお薬だけは……。はい、もう一度あーん」
アリスの瞳には、狂気にも似た焦燥が宿っている。 その手に握られているのは、ハチミツの匂いで隠された、ドロリと黒い「怨念の毒」
(……こいつ、性懲りも無く……!)
俺のMPはほぼゼロ。影の体も半分以上が透けて、今にも消えそうだ。 だが、お嬢の温かな「生きる意志」に触れた今の俺は、さっきまでの俺じゃねぇ。
(MPが足りねぇなら、……命を削ってでも動かしてやるよ!)
俺は、セレナが心細そうに抱きしめている「クマのぬいぐるみ」に、残った魔力のすべてを、泥のように流し込んだ。
【スキル:影操(ぬいぐるみ)――限界突破発動】
アリスが「あら?」と首を傾げた、その瞬間。 セレナの腕の中で、ぬいぐるみの首が――ギギギ……ッ!!と、不自然に、そしてこの世の物とは思えない音を立てて180度回転した。
「え……?」
アリスの顔から、一気に血の気が引く。 ぬいぐるみのボタンの瞳が、俺の怒りを映すようにどす黒い光を宿し、アリスをギロリと睨みつけた。さらには、綿の詰まった短い腕がグイッと動き、震えるアリスの鼻先を、真っ直ぐに指し示した。
(おい、ツノ野郎。お前が盛った毒、お前自身で味わえよ)
「ひっ、……な、何……この人形……!」
【スキル:影縫い(シャドウ・バインド)】
逃げようとしたアリスの影を、俺の爪が床にガッチリと縫い止める。 「ひゃっ!?」 一歩も動けなくなったアリスは、何もない場所で盛大に顔面から転倒した。手にした毒入りのコップが宙を舞い、彼女自身の顔にバシャリとかかった。
「きゃあっ!? ど、毒が! 誰か、誰か水を!!」
「……毒?」
その冷え切った声と共に、扉が蹴破られた。 公爵グレンが詰め寄るより早く、事態を察知した母親――フォルテス公爵夫人が、鬼の形相で立っていた。
床でのたうち回るアリス。娘の周囲に散らばる毒の飛沫。そして、いまだにアリスを指し示し、呪いのように睨み続けているぬいぐるみ。
「……アリス。あなた、今、何と言ったかしら?」
お母様の背後から、噴火寸前の火山のような、凄まじい魔力のプレッシャーが放たれる。 「ち、違います奥様! これは、お嬢様が……私はただ……!」
「問答無用!!」
刹那、お母様の右ストレートが、アリスの顔面にめり込んだ。 貴族の令嬢とは思えない、完璧な踏み込み。拳には黄金の魔力が収束し、衝撃波が病室のカーテンを揺らす。
「よくも! 私の! かわいい! セレナに!!」
刹那、お母様の右ストレートが、アリスの顔面にめり込んだ。
ドカッ! バキッ! ボゴォッ!! 「あがっ!?」「お、お許し……っ!」お母様の猛攻は止まらない。アリスが「絶世の美少女」だろうが、暗殺者だろうが関係ない。愛娘を害そうとした害虫には、ただ死あるのみだ。
両親の足元では、両親の影たちが俺に向かって親指を立て、ハイタッチを求めてきた。 『おいおい新入り、初日から最高に派手な演出だな!』 『私の主(あるじ)、怒らせると本当に怖いのよ。ナイスアシスト!』
(……ふぅ。……お母様、……武闘派だったんだな……)
俺は影の中でニヤリと笑い、最後にセレナを安心させるように、ぬいぐるみの腕を優しく、パタパタと振らせた。
――そして、今度こそ、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
ーー
【作者より:今回のこだわりポイント】
ここまで読んでいただきありがとうございます! 今回のリニューアルで特に力を入れたのは、第2話の『虚無の涙』の正体です。
影であるカゲレナは魔力の塊。だからこそ、魔力を打ち消す『反魔力』は、彼にとって存在そのものを消し去る消しゴムのような天敵になります。あの『ばいばい』のシーンは、彼にとって文字通り命がけのデータ崩壊だったわけです。
それを救ったのが、か弱いはずのセレナの『生きたい』という熱い魔力……。 この瞬間、二人は本当の意味で「運命共同体」になりました。
今後とも、まだ名もなき影とお嬢二人をよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます