第14話 考える夜

「ただいまーー」


返事が返ってこない部屋に、峻の声が吸い込まれていく。

小学生の頃から、自分の帰宅時に誰かが居てくれたことなどないが、染み付いた防犯対策のようなものだ。


(今日の夕飯……カレーか)


圧力鍋の横に、母が用意してくれた未開封のカレールウが置かれていた。


『煮込んどいたから、温めてルウを溶かして食べてね』


母の声が聞こえてくるようだ。

峻の母はキャリアウーマンだが、同時に恐ろしいほど完璧な人間でもあった。

お陰で、良いマンションに住み、美味しいご飯を食べ、何不自由なく暮らしている身だ。

部外者はこれを『寂しい生活』と呼ぶかもしれないが、峻には不満など無かった。

幼い頃は土日は家にいてくれたし、今でも事前に予定を伝えておけばちゃんと調整してくれる。

人生において必要な事はちゃんと教えてくれているし、要は気ままな二人暮らしのようなものだ。


「お、夜空いてんじゃん」


カレーを頬張りながら、マンションの共用ルームの空きをチェックする。

防音スタジオは、激しく踊りたい時にはうってつけの部屋だ。

さすがに母の稼ぎに感謝せざるを得ない。

食器を洗い、風呂の準備をした後、峻は一人、地下のスタジオに向かった。

翌朝、母に残りのカレーをどうアレンジして食べるか聞かれたが、「今日もカレーライスでいい」と答えたのは海吏のせいではないと思いたい。

今日は二人の練習はないはずなので、峻にはゆっくり考える時間が与えられていた。


(嫌いじゃないんだよな……)


元気に転げ回る小型犬のような海吏と、のんびり構えている大型犬のような陸叶の顔が思い浮かぶ。

我ながら上手いたとえだと、峻の口の端がわずかに上がった。

しかし、彼らを好きかどうかと聞かれると、いまいち良く分からない。

大事な決断を気分で決めるのは良くないと思ったので、メリットデメリットで考えることにした。

まず、自分の頭の中で考えていた構成を、実際に使えるのは大きい。

今までずっと一人で踊ってきた。

動画を見て覚え、また新たな動画に取りかかる。

自分で振付を作ったりもしたが、踊るのは勿論自分一人だ。

人数がいれば、やりたかったフォーメーションが実践できる。


(俺が気付かなかった部分にも気付けるし)


何回か教えているうちに、逆に自分の弱さに気付かされる場面もあった。

視線の使い方は陸叶の方が上手かったし、海吏のバネは中々のものだ。

どちらも自分一人で踊っていたら中々気付けなかっただろう。


(デメリットは何だろうな……)


他人とあまり深く関わってこなかったせいか、チームを組むことのデメリットがあまり思いつかない。

大会に出るとなると人数規定があるだろうが、高校名を背負うダンス部でもなければ、ましてや今メンバー二人のチームが規定に引っかかるほどの人数まで集められないだろう。


(帰って色々調べてみるか)


分からないことを悩み続けるのは時間の無駄である。

方向性が決まったので、峻は真っ直ぐ帰宅することにした。

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