第5話 それぞれの想い
眠れた気はしないが、気付いたら朝になっていた。
海吏はのそりと上体を起こす。
部屋にあるダンス用の大きな鏡が、否応なく目に入ってきた。
(切り替えるって決めただろ……)
この情けない顔を誰にも見られたくなくて、リビングに行く前に洗面所に立ち寄った。
冷水で顔を洗うと、頭の中のざわつきが少しだけ引いてくる。
深く息を吐いて頷き、ようやくそこで海吏の『今日一日』を始めることにした。
「行ってきまーす」
朝食や朝の身支度を終え、玄関を勢いよく飛び出した。
起きてから30分以内に家を出られるなんて、楽ちんな人生だ。
――そう思い込もうとしている自分が、少しだけ滑稽に見える。
足取りが重いと思われるのが嫌で、いつになく足早に学校へ向かう。
すると、昨日の分かれ道の少し先に、陸叶の背中が見えた。
「はよー!」
ダッシュで駆け寄り、挨拶をする。
「あ……お、おはよ」
「んじゃ、お先!」
挨拶が返ってきたことに一安心して、そのままの勢いで駆け抜けた。
若干陸叶も気にしているのは感じたが、これ以上蒸し返すのはやめるべきだろう。
海吏にできることは、今日もいつも通りの浅見海吏でいることなのだ――。
走り去っていく背中から、陸叶は視線を逸らせずにいた。
申し訳なさが胸の大半を占め、多少の恐怖がそこに入り混じる。
勿論、海吏は何も悪くない。
(俺ってほんと、臆病で情けない人間だよな……)
自己嫌悪で泣きそうになるのを、グッと堪える。
昨日、『浅見海吏』の人となりを初めて知ったが、自分の憧れがギュッと詰まったような人物だった。
海吏ともっと仲良くなれたらどんなに楽しいだろうか。
話したい話題も山ほどある。
だが、差し出された手を振り払ったのは自分だ。
正確に言えば、振り払おうとした自分に気付いて、海吏がすぐに手を引っ込めてくれた、だ。
陸叶に『手を振り払った罪悪感』を抱かせないように、何も無かったことにしてくれているのだろう。
(俺はこのままでいいのだろうか……)
良いわけないことぐらい、自分が一番分かっている。
しかし、長年染み付いた性格は簡単に変えられないのも事実だ。
自分が何を目指していて、そのために何をしたら良いのか――。
(そんな簡単な事すら、俺には分からないのか……)
いつも以上に朝日が目に染みた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます