第6話 極楽の殿

 鍵は彼女を行かせなかったが、ミサンに留まるつもりはなかった。


 極楽の殿には究極の「感覚」がある――それはまさに彼女が世界を越えて追い求めてきたものだ。そこで満たされるなら、脆い炭素ベースの生命に縛られる必要などない。


 鍵を持って行けばいいだけだ。


 ギョウは深く眠っている。


 ミサンは敷物の脇に立ち、俯いてその蒼い顔を見下ろした。


 盲目の目が眠りの中で微かに震え、見えない悪夢を見つめているかのようだ。


 殺意はあっさりと訪れた。


 ミサンは手を上げ、金属の指関節が拳に握り固められ、ギョウの額の中央――滑らかで平らな、穴のない、脆くもろい一点を狙う。


 拳が振り下ろされる瞬間、光が現れた。


 鍵がギョウの虚ろに握った掌から浮かび上がり、空中に漂う。固形化した警戒のようだ。


 だがギョウはまだ眠っており、鍵はただ浮かんでいるだけで、ミサンのどの穴にも挿さっていない。


 ミサンは拳の勢いを止め、手を伸ばして鍵を握った。


 触感は冷たく、歯形が掌の紋路にぴたりと合う。まるで初めからそこにあるべきものだった。


 彼女はくるりと背を向け、車両を出た。


 トンネルの風は冷たい。


 ミサンは鍵を握り、地下鉄の出口へと歩みを進める。足取りは固い。


 だが三段目の階段を踏みしめた瞬間――身体が突然、鉛を詰め込まれたように重くなった。


 いや、鉛ではない。


 何か下へ引っ張る力が、一つ一つの金属分子の奥深くから伝わってくる。


 ミサンが顔を上げる。


 空には星一つなく、ただ歪なほど巨大な月が一つ。


 それが低く垂れ込み、ほとんど地平線を押しつぶさんばかりだ。表面には血管のような暗紅色の模様が走り、不吉な緋色の光を放っている。


 月光が彼女に降り注ぐと、金属の皮膚が微かに熱を持ち始めた。


「そんなことをすべきじゃない」


 声が影から聞こえてくる。


 錆ビスが一人、廃墟の角に立っていた。機械の義眼が月光に暗紅色の光を泛べている。


「本物の穴は、自分で鍵を持てない」


 ミサンは足を止め、掌の中で鍵を握りしめた。「赤目のウサギ、俺を止める気か?世界を救いたいなら、自分で行けばいいだろ?」


 錆ビスの義眼の赤い光がゆらめく。「今日の月は……金属に重い。お前にも、俺にも、同じだ」


「月が金属に影響するのか?」


「この世界の混乱したルールの一つだ」錆ビスの声は平板だ。「お前は次の瞬間に何に遭遇するか、まるでわかっちゃいない」


「それでも俺の世界よりましだ」ミサンは冷笑する。「あっちは戦争か異分子排除しかない」


「だが重要なのは――」錆ビスのハサミ腕が彼女の手中の鍵を指す。「本物の鍵は、穴が持ち歩いてはならない。お前は死ぬ」


「死?」ミサンは笑った。笑い声が静寂の中で耳障りに響く。「俺は高次元生命だ。ここに来たのは究極の知覚のためで、お前たちのルールを守るためじゃない」


 錆ビスは黙った。


 義眼の赤い光が暗くなり、また明るくなる。何かを葛藤し計算しているようだ。


 暫くして、言った。「……わかった。行け」


 ミサンは目を細めた。「止めないのか?」


「ギョウはまだ眠っているか?」錆ビスが聞く。


「死んだように眠っている」


「なら行け」錆ビスは横向きになり、道を譲った。「だが覚えておけ――扉は一度自分で開けたら、二度と閉まらなくなる」


 ミサンはもう相手にしなかった。


 鍵を握りしめ、街の中心のあの光る建物へと駆け出した。


 月光が背中に重くのしかかり、一歩一歩が深みを歩くかのようだ。


 だが彼女は止まらなかった。


 極楽の殿は思っていたより近かった。


 音楽が建物の奥から流れ出している――旋律ではなく、神経を直接弄るようなある種の周波数だ。全ての鍵穴が微かに震え始めた。


 建物自体がキャンディとネオンで鋳造された城のようで、明るく照らされ、廃墟の中央で幻のように輝いている。


 大門は大きく開いていた。


 ミサンが中へ入った瞬間、音と光の波が同時に彼女を飲み込んだ。


 ここでは宴会が開かれていた。


 いや、宴会ではない――全ての欲望が具現化されている場所だ。


 回転木馬が吐き出すのは音楽ではなく、金塊と宝石だ。ちりんちりんと山を成す。


 ルーレットに刻まれているのは数字ではなく、「大統領」「将軍」「会長」。針が止まるたびに狂熱的な歓声が上がる。


 ダンスフロアは人形で溢れ、どれもこれも歪なまでに完璧だ。肌が燈火に誘惑的な光沢を泛べ、瞳はとろんとし、肢体が絡み合う。


 ミサンが通り過ぎるとき、一人のダンサーが顔を向けた――その顔が、次第に彼女の姿に変わっていく。


 同じ金属質感、同じ鍵穴の配置、額の中央のあの浅い凹みさえも寸分違わない。


「消えろ」ミサンが言った。声は冷たく硬い。


 ダンサーは笑い、見知らぬ顔に戻り、人混みに溶け込んだ。


 ミサンは歩みを進めた。


 無数の視線が体にまとわりつき、貪欲にその輪郭を舐めているのを感じた。


 空気には甘ったるい香りが漂う。熟れすぎた果物が腐りかけるような匂いだ。


 殿堂の奥に扉がある。微かに開き、より幻惑的な光が漏れている。


 彼女は扉を押して入った。


 中は舞踏場だった。


 水晶のシャンデリアが千の破片の光を乱反射し、音楽はここで緩やかで粘稠になる。溶けた蜂蜜のようだ。


 ダンスフロアの中央で、一組の影が回転している。


 ミサンはその周波数を認識した――彼女が夢で聞いた声だ。


 そのうちの一人は、固まった葡萄酒のような長い髪。肌は光に真珠貝のような微光を流している。


 彼女の唇には暗紅色の裂け目があり、微かに開いて、無言の誘いのように見える。


 もう一人はふくよかで、象牙色の肌に慵懒な薄汗がかかり、右手の薬指には複雑な紋様の刻まれた指輪を嵌めている。


 彼女たちは抱き合って回転し、ダンスステップが完璧に噛み合う。二つの噛み合う鍵と穴のようだ。


「彼女が来たわ」長髪の女が囁くように言った。唇の裂け目が弧を描く。「一人で」


「見えてる」ふくよかな女の声は低くかすれている。「まずしばらく感じさせてあげましょう」


「もちろんよ」


 ミサンが口を開く間もなく、手中の鍵が突然動いた。


 彼女が動かしたのではない。


 鍵が自ら彼女の掌から抜け出し、空中へ浮かんだ。


 同時に、ふくよかな女が右手を上げる――その指輪が外れ、広がり、伸びて、細長い黒曜石のパイプになる。


 パイプが軽く一点を突く。


 その先端から琥珀色の酒が一筋、生き物のように絡みつき、空中の鍵を包み込む。そしてそれを導き、正確にミサンの背中の一つの鍵穴へと挿し込んだ。


 問いかけも、探りもない。


 直接的に、徹底的に、拒む余地なく回り込む。


「踊りなさい」長髪の女が彼女に手を差し伸べ、甘ったるく毒のような笑みを浮かべて。「正しいものよ。あなたの歓びを惜しんではいけない」


 だがミサンはその場に硬直した。


 鍵が背中の鍵穴の中で回転し、かつてない爆発的な知覚の奔流をもたらす――色に重さが生まれ、音に形ができ、光が糸のように彼女の肢体に絡みつく。


 一つの毛孔が叫び、一つの原子が震える。


 だが彼女は踊れない。


 踊りが何なのか、彼女は知りさえしない。


 音楽が轟く。燈火が回る。あの一組の影はまだ舞踏場の中央にあり、四つの目が彼女を見つめ、彼女が墜ちるか、咲くか、を待っている。


 鍵が彼女の穴の中で、二周目に回り込んだ。

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