第4話 警告と盗聴者

 エンジン音が三方向から黄昏を引き裂いた。


 改造バイク六台が囲み、進路を塞ぐ。ライダーたちは金属と血肉、異界の物質が接合した存在だ。先頭の「錆ビス」は陶器のようなつるつるの頭に、深紅の機械式アイが彼女たちを走査する。


「盲目のお嬢様」電流混じりの雑音がその胸郭から響く。「今度は随分と風変わりな“乗り物”を見つけたな……その周波数」


 ギョウが腕に力を込めた。


「あいつの目を見るな」彼女はミサンの耳元で早口で囁いた。「言葉を聞くな。早く行こう」


 だが錆ビスのハサミ状の腕は既に上がり、暗い銃口が暮色に冷たい光を泛べている。


「本物の鍵が、本物の穴に出会った」その声は歯車が擦れるようにぎくしゃくしている。「待ちくたびれたよ」


「どけ」ミサンが言った。


「あの“扉”を閉めに行け」錆ビスのハサミ腕が空を搏つ裂け目を指す。「お前たちは本来、扉を直す者だろう」


「ミサン、聞くな——」


「もし本当に逃げたかったら!」ギョウが突然顔を上げ、錆ビスの方に向かって、興奮で震える声を張り上げた。「とっくに“あっちの連中”のところへ行ってる!こんなところで……見つかるのを待ったりなんかしてない!」


「“連中”って誰だ?」ミサンの視線がギョウと錆ビスの間を行き来する。


「彼女がなぜ今になって来たと思う?」ギョウはミサンに答えず、錆ビスに叫び続けた。「物事はお前たちが思ってるほど単純じゃないからだよ!見つかったからって直せるわけじゃない!お母さんが試した!試したあげくに——」


 ギョウの声が詰まった。


 錆ビスの義眼の光が微かに暗くなる。


「彼女が来た。それが合図だ」その口調は平板な雑音に戻った。「プロトコルが発動した。お前が望もうと望むまいと、“枢”がお前たちを前に押し出す」


 一呼吸置き、機械式アイの赤い光がかすかに点滅した。


「我々は……ただのパトロール隊だ。欠陥品、寄せ集め、“扉”に汚された廃棄物。だが我々は覚えている……世界は本来こんなじゃなかった。ただ……少し秩序があって、あまり痛くない頃に戻りたいだけだ」


 そう言うと、ハサミ腕を振った。


 エンジンが再び唸りを上げ、六台のバイクは方向を転じ、廃墟を轢きながら消え去った。


 静寂が戻り、残ったのはギョウのまだ収まらぬ息づかいだけだった。


「ギョウ」ミサンが彼女を少し引き上げた。「“あっちの連中”って誰だ?」


 ギョウは長い間黙っていた。


「……鍵を握る、別の連中」彼女の声はかすかだった。「お母さんのノートに書いてあった。彼女たちは“正しい”ペアリングで、“間違い”を一掃しようとしてる……でもそれには、深い繋がりが必要。扉の向こうの乱れまで、引き込んでしまうかもしれない」


「お前の母親は?」


「賛成しなかった」ギョウは顔をミサンの肩口に埋めた。「ノートの最後のページは破り取られてて、端が焦げてる。最後の部分は、絶対に見せてくれなかった」


 ミサンは嗤った。


「世界を救う?聞いただけで疲れて、しかも報われそうにない仕事だな」


「そうね」ギョウはぼそりと言った。「だから、帰ろう。疲れた」


 地下鉄の入口は、下へ口を開けた怪物のようだった。


「ここに住んでるのか?」


「うん」


「毎日階段、疲れないか?」


「何度か転んだけど、慣れた」ギョウはありのままに答えた。「三段目と七段目に欠けがある。曲がり角に鉄筋が飛び出してる」


「だが俺は慣れてない」


 ミサンの手が錆びた手すりを撫でる。金属が低く唸り、構造が流動的に再編される――数秒で、階段は滑らかなスロープに変わった。


「階段には慣れてるんだけど……」


「俺がいる限り」ミサンがスロープに足を踏み入れた。「お前はそもそも“歩く”必要はない」


 ギョウの「家」はトンネルの奥、一両の古い車両だった。


 暖かな黄色の電気スタンドが灯った時、ギョウはそっと息を吐いた。


「なかなか……居心地が良さそうだな」ミサンが辺りを見回した。


「俺の家に似た感じがする」


「そう?」ギョウは手探りで座った。「ここにあるものはあまり動かしてない。どっかの生存者が残していったものかも……でも彼はいない」


 夜が更けていく。


 彼女たちは敷物の上に身を寄せ合い、ギョウはほとんどすぐに体を丸めて寄ってきて、腕をミサンの腰に回した。


「紐でも括りつけられたみたいだ……」ミサンは小声でぼやいたが、押しのけはしなかった。


「……お母さん」ギョウが夢うつつに呟く。「彼女が来た……でも私には……できないよ……ごめん……」


 そして、声が聞こえた。


 直接、ミサンの意識に侵入してくる。慵懒で、満ち足りた――


「……東の廃墟、新しい“動き”があるわね……匂いが“本物”みたい」


「自分から差し出してくるもの……こそ、新しい壺を開ける価値がある」


「喉、鳴ってる?“正しい”味は、鍵穴がひとりでに歌うって聞くわよ」


「しー……扉は自分で押し開けるのが面白いの。待ってなさい、彼女たちは来るわ……灯台みたいに明るく光ってるから」


 声は次第に低くなり、まるで話し手が再び仮眠に落ちたかのようだ。


 ミサンははっと我に返った。


 彼女は気づいた――自身の胸の一つの鍵穴が微かに温かく、あの会話とかすかに共振していることを。


 そして眠るギョウが、無意識に鍵を握った手を、その位置に当てていた。


 鍵は挿さってはいない。


 ただ、皮膚に触れているだけ。


 それなのに、まるで無意識のうちに、遠くの盗聴者へと……ほんの少し、隙間をこじ開けてしまったかのように。


 ミサンはそっとギョウの手をどけた。


 暗闇の中、彼女は車両の外、底知れぬトンネルを見つめた。


 どうやら、“帰宅”も安全を意味するわけではなさそうだ。


 むしろ逆に、彼女たちは自分自身を、暗闇の中で最も目立つ灯りとして点けてしまったようだ。


 遠くで、味見人たちが香りに誘われ、動き始めている。

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