4.罰
あれから数日が経過した。
「……」
これからの魔王軍の指針や、軍の再編など色々決めねばならぬ事柄は多い。
「魔王様?」
だというのに、どういう事だ。
あれだけ魔王という責務と重圧を、むしろ望んでいた俺はどこへと行ってしまったのだ。
自室の窓より空を見上げる。
やはり、いつもの暗黒のモヤはどこまでも広がるばかり――あの天気と同様、俺の心も晴れぬままだ。
「魔王様ぁー?」
しかし、この天気を気に入ってくれていた女が居た。
面白味も無い、ただ強く真っ黒いだけの、あの雲を好きだと言ってくれた女は――聞いた通りの予定だと、既にこの街を離れているだろう。
故にもう、会う事は無い――。
いや。
それはそれとして、シルヴァ公爵殿には挨拶に行かねばならん。
きっと彼女は、男爵の妻として出迎えてくれる事だろう。
その腹に子を宿し――。
「魔王様ッ!!」
「――なんだ」
「ようやく反応しましたネ」
耳の奥が少し痛む。
だがフェリアスは、その事に謝りもせず、部屋の扉を指差した。
「お客さんデス。シルヴァ公爵様」
◇
――魔王とはいえ、客人には最大限の誠意と威厳を。
漆黒を形にしたような儀礼服を身に纏い、俺は貴賓室を訪ねた。
ガチャッ――。
「シルヴァ公爵殿。遠路はるばる、ご苦労様です」
「おおオルディン、久しいな。わざわざ来なくとも、謁見の間で待っていれば良いのに」
月光に照らされたような肌に、威厳ある立派な髭。
ほぼ不老の吸血鬼とはいえ、50年前より少々目尻にシワが増えたように見える。
だが現役を退いてもなお、その生命溢れる強固な肉体には確かな魔力の奔流を感じる。
「いえ。父の友人とあっては、こちらから出迎えるのが筋です――特に公務の忙しさにかまけ、ご挨拶に出向けず申し訳ありません」
「良い良い。久々に元気そうな顔を見れて、ワシも安心じゃ」
少しの間、他愛もない日頃の話や父の思い出話に花を開かせていたのだが――。
「――さて、ではそろそろ本題に入ろうかのう」
「……」
「実はワシの1人娘がな、今度結婚する事になってのぉ」
「……おめでとうございます」
「婚約者は早くに決めておったのじゃが、
「早いですな」
「婿殿にもせっつかれましてな。まぁ確かに、魔族は寿命が長いせいでついつい後回しにしてしまう」
「……それで、俺は何をすれば良いのですか。祝いの花と、手紙を送りましょうか」
「……我々吸血鬼の結婚は、互いの首筋に噛みつき血を吸いあう――という習わしがあるんじゃが」
種族により、その冠婚葬祭の様式は様々である。
例えば獣人はあまり結婚式という概念が無く、体の相性のみで夫婦を決める。
巨人族は死す時、火山の中へ身を投げる――その度に、付近は噴火に見舞われるという。
吸血鬼は異種族を眷属としていた頃の名残で、同種の場合でも血の交換を持って夫婦となる。
「婿殿が反対してのぉ」
「それは、なんでまた?」
「1つは大事な花嫁の首に傷を残したくないという理由と、2つにユーリの奴は少々特別な血をしておってな」
「特別な血?」
「始祖の血が色濃く出ておってな。同族でも吸えば、その血に喉を焼かれてしまうほどじゃ」
「それほどまでに濃いとは……珍しいですね」
「ああ。それで旧時代に行われていた古き婚姻の儀式でやる事になってな」
「というと?」
「2人が血の忠誠を誓う相手に、その血を分けて貰い、互いに飲み干すというやつじゃ」
「……なるほど。それで俺ですか」
魔王国領に住む者なら、誰に1番の忠誠を誓うか――他でもない、俺であろう。
「分かりました。俺の血で良いのなら、いくらでも使って下さい」
「おおすまんのぉオルディン。ちゃんと減った分の血を増やせるよう、当日は最高の臓物を用意しておくからのぉ」
「えぇ。楽しみにしています」
よりにもよってユーリと、その婚約者が夫婦になる瞬間を――。
目の前で見る事になるとは……もしかしたら、これは俺への罰なのか。
こうして、再び彼女の前に立ち会う事に怯える俺への、神からの贈り物。
「……全力で、お祝いさせて頂きます」
こう返すしかない情けない魔王への――天罰か。
次の更新予定
魔王、吸血姫の血を飲む ゆめのマタグラ @wahuu
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