3.情けない姿


 それからしばらく穏やかな日々が続いた。

 新たな四天王と共に行う公務は忙しかったが、その合間を見つけてはあの喫茶店で茶を飲みながらしばしの休息。

 ユーリも特に表向きは歓迎してくれたが――迷惑でなければ良いのだが。


 魔王の座に就く前より、俺の顔を知らぬ者はほぼ居なかった。

 故に、あまり城の外へ出るなとフェリアスに釘を刺されてはいたのだ。

 するにもしても、例えば外食なら店を借り上げて護衛を付けろとも――。

 しかしこの店はネーティアの顔馴染みの店であり、そう目くじらを立てるものでもないだろう。

 

「それはフェリアスさんが正しいのでは?」

「そうか……」

「オルディンさんも、自室の方が落ち着かれるのでは」

「いや。ただ広いだけで、殺風景な部屋だ。ここの方が良い」

「そうですね。ここには女の子も居ますし」

「い、いや、そういう意味では――」

「ふふっ。冗談ですよ」

 

 他愛のない話を、彼女は微笑みながら聞いてくれた。

 他の店員のように騒ぎ立てるでもなく、あるいは仇敵のように嫌う訳でもなく。

 それが嬉しかったのだ。


 だから――。

 

「――実は父から、そろそろ婚約者との婚姻を進めないかとお話があって……」


 そこにハマる、指輪の事は見ないフリをしていたのだ。


「そうか」

「えぇ。今は戦争も落ち着ていますし、この時期にならと――」

「相手はどのような男なのだ。あの伯爵殿のお眼鏡に叶うとは、俺も一目見てみたいものだ」

「彼は同じ吸血鬼の一族。男爵家の嫡男、ヴァント・ウル・ホランドです」


 人間は王が居て、その王の領地を功績に合わせて貴族へ分配し、その土地を治める権利を与える。

 その功績の度合いで家柄の階級が決まると聞く。


 魔王国は違う。

 その土地を長く所有している家、血を長く残している家を基準として貴族評議会が階級を定める。

 そして力が基準となる我が国で、誰にも奪われずに土地と名を長く残っているという事は、それだけの実力があるとされている。

 

「男爵家か……いや、失礼したな」

「いいえ。オルディンさんから見れば、不釣り合いにも見えるでしょう……でも父が彼を気に入ってて……」


 少し物悲しそうに、彼女は自身の指輪を撫でる。


「私は生まれつき他の人よりも太陽に弱くて……雲に覆われている事も多い、城下町で移り住んだのです」

「結界か……」

 

 魔王城には、代々それを守る結界が張ってある。

 許可証の無い者は決して入れない。そして四天王全員分の魔力を込めている結界は決して破れない。

 その副作用のせいか、魔王城はもちろんのこと、城下町まで黒い雲が発生しているのだ。

 だが父の代では、日によっては太陽の光が差し込む事もあったようだ。


「えぇ。中には嫌う者も居ますが、私は好きです……」

「……四天王はよくやってくれている」

「この街も、この喫茶で過ごした日々も、オルディンさんとの何気ないお話も好きでした……でも。結婚するなら、ここを離れなければなりません……ですので、オルディンさんと会えるのも――来週まででしょう」

「……分かった」

「ぜひ、それまでは店に居ますので……いらしてください」

 

 それには何も答えず――店を出た。

 俺はあらゆる敵を正面から粉砕してきた。

 その俺が初めて、他人から逃げたのだ。

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