第6話 どうしよう……


そうか……僕は、召喚の儀に失敗したのか…。


教会で起こったことを思い出した僕は、どうすればいいのか分からずに呆然としながらも、どこか他人事のような感覚でいた。だけど、そんな自分を俯瞰するように、頭の片隅では冷静に状況を分析していた。


きっと、五歳の僕にはショックが大きすぎたんだろう。だからこそ、精神が壊れないように、無意識のうちに前世の記憶を引っ張り出したんだ。


証拠に、リュカとしての記憶を思い出した途端、さっきまで鮮明だった前世の記憶が急に霞がかっていった。日本という国で暮らしていたことは覚えているけれど、名前も、両親の顔も、まるで夢の中に置き忘れたみたいに思い出せない。だからだろうか、前世の家族に対しても、不思議と哀しみは湧かなかった。ただ、一度でもその記憶を思い出した影響か、少しだけ精神年齢が上がった気がする。そのせいか、儀式の失敗に対するショックは薄れていた。けれど、胸の中の不安だけは残ったままだった。


「僕は…これからどうなるんだろう……」


僕は、貴族で召喚に失敗した者はいないというフェリコ先生の言葉を思い出す。つまり、僕が初めての例外ってことだ。兄様みたいに有名になりたいと思っていたけど、まさか召喚失敗の子として有名になるなんて思ってもみなかった。


僕の両親は優しいから、きっと僕が落ちこぼれでも、この屋敷から追い出すようなことはしない。でも、兄様はどうだろう…。父様が当主をしている間は大丈夫だとしても、兄様が当主になったら、僕はここに居場所を残せるだろうか?


(……いや、無理だよね)


昔は、どうして兄様が僕に冷たくするのか分からなかった。でも、今なら少し分かる気がする。勉強もせずに遊んでばかりで、両親を独り占めしてた弟なんて、そんなの面白いはずがない。


「はぁ……」


小さなため息をこぼしながら思う、僕、けっこうダメな子だったんだな…。


周りのことを考えずに、いつも自分のことばかり。子供だったからと言えば、それまでかもしれないけど、それで済ませられたのは昨日までだ。これからは、違う。この先どうなるか分からない以上、今までのようにはもう過ごせない。最悪の可能性も考えておくべきだ。


もし屋敷を追い出されたら、下町で働くことになるかもしれない。でも、これも前世の記憶の影響か、不思議と働くことにも抵抗はない。ただ、問題があるとするなら、僕が何も知らなすぎることだ。


僕は、この世界でのお金を見たこともない。店先で欲しい物を言えば、誰かが払ってくれて終わり、屋敷に来る商人にしても、両親が僕の前で金を受け渡すことはなかった。だから、物を手に入れるためにはお金を払うという当たり前の事さえも、前の僕は知らずに生きていた。


それに、フェリコ先生の授業でも、興味がある事なら真面目にやっていたけれど、興味がわかない科目を前にすると、直ぐに外へと遊びに出かけていた。だけど、それを父様が許していたのか、勉強をさぼったとしても、フェリコ先生を含めた誰一人からも、一度だって叱られた事がなかった。


「……父様、甘すぎです」


自分自身の知識のなさに頭を抱えながら思わず呟き、此処にはいない父様へと、そっと心の中で語りかける。


父様、どうか、その甘さを……兄様にも少し分けてあげてください。


自分自身への甘すぎる対応を前に、今の僕にはそう念じるしか僕には出来なかった。


そんな現実逃避を終えて、今後どうするべきなのか考えてみても、5歳児である今の僕に出来る事なんて、たかが知れている。とりあえず、今の僕にできる事といえば、この世界の常識を学ぶこと。そして、兄様との関係を少しでも修復することだけだ。


兄様と仲良くなれたら、きっと当主になっても追い出されない。だけど、万が一のために、僕自身の“生きる力”も身につけておこう。だけど、僕が非常識な事をしても、僕の事を叱らなそうな両親を思い出し、鏡の前で小さく息を吐いたその時、扉の方から聞き慣れた優しい声がした。


「リュカ、入るよ」


ノックの音と共に聞こえてきたその声に振り向くと、父様と母様が部屋に入ってくるところだった。

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