第5話 失敗
その後も、たわいもない話をしながら待っていると、五分ほどで扉がノックされた。
「失礼いたします。準備が整いましたので、ご案内いたします」
「よろしく頼む」
案内人に続くように、父様と一緒に部屋を出て長い廊下を歩いていれば、僕達がいた部屋の奥にも、いくつもの扉が並んでおり、少し大きさも違うようだった。
「とうさま?なんで、こんなにへやがあるの?」
「建国当時の建物をそのまま使っているからだよ。昔は避難場所として使っていたそうだが、今は貴族が鉢合わせしないための控室として使われいないんだよ」
「ふ~ん」
本来の意味で使われなくなった部屋が続く長い廊下を歩きながらも、所々に飾られていた絵画や彫刻といった物の中で、気になった物をそのたびに指させば、そのたびに父様が優しく説明してくれる。そんな中で、ひときわ大きな絵が目に留まった。
「あれは、なんのえなの?」
「あれは、建国した時の一場面を描いたものだな」
絵の中では、金髪の青年と赤髪の青年が、黒い大きなモヤのような物に戦いを挑んでいる姿が描かれていた。
「かつて。世界を混乱に陥れた闇が現れ、世界が滅びかけた時、二人の若者が立ち上がったそうだ。だが、どれほど戦っても、犠牲ばかりが増えていったそうだ。そして、その犠牲を嘆いた赤髪の青年は、自らの身を代償に、闇を封じた。その結果、ようやく世界に平和が訪れと伝えられている」
「もう1人は、どうしたの?」
「残った青年はその地に国を作り、この国の初代国王になった。つまり、この国の王族は英雄の血を継いでおり、金髪はその証という事になっているが、今はさして珍しい色ではない」
「ふ~ん」
父様はおとぎ話を語るというよりも、本当にあった歴史を語っているような雰囲気があった。でも、歴史の話は難しくて、やっぱりあまり面白くなかった。それに、父様と違って小さな歩幅で歩き続けるのにも、だんだんと疲れてきた。
「リュカ、疲れたかい? ごめんね、表から来るとこんなに遠いとは思わなくて…もう少しなんだけど歩ける?」
「だいじょうぶ……もうちょっと歩ける」
父様は僕の歩幅に合わせるように、ゆっくりと歩いてくれていた。それでも、だんだん足が重くなってきたのを見て、心配そうに僕を見下ろしながら、抱っこでもしようかという雰囲気で聞いてくる。でも、もう少しだけ頑張れそうな気がして、僕は小さく首を振った。だけど、すぐに後悔しそうになった。
長い長い廊下を抜け、重厚な装飾が施された大扉の前で、ようやく案内人が足を止めた時、僕の足はすっかり鉛みたいに重くなっていた。
「私の案内はここまでです。終わりましたら、向こうの扉にある紐をお引きください」
案内人は一礼すると、静かに来た道を戻って去っていった。
その背中から扉へと視線を戻せば、その扉のレリーフには、猫を中心に、鳥と鹿が円を描くように寄り添い、さらにその周囲を蔓のような花々が静かに囲っていた。まるで、何かを守っているようだった。
その扉を父様が静かに押し開いた。
父様が開けてくれた扉と一緒に、僕も部屋の中へと入れば、中は円形の部屋だった。中央の床にだけ、淡く光を帯びた魔法陣が描かれており、それ以外は何もない。奥の方に、もう一つの扉が見えた。
「とうさま?あのとびらは?」
「あれは外に出るためのものだよ」
父様のその言葉を聞いて、僕は不思議で仕方なかった。前に、なんで僕の部屋が玄関からあんなに遠いのか、フェリコ先生に聞いたことがあり、そのとき先生は、人の出入りが多い場所ほど警備が大変で守りにくいから、大事な場所ほど奥に作るんだよと教えてくれた。
そして、この場所も大切な場所だと聞いていたのに、どうしてその奥に、外へ出られる扉があるんだろう?
「とうさま……ここ、あぶなくないの?」
「大丈夫。内側からしか開かない仕組みだ。外に馬車を止めてあるから、帰りはもう歩かなくていいよ」
「でも、なんでこっちにもでくちが…」
「リュカ。儀式の方法は覚えているね?」
「う、うん!??」
質問の途中で言葉を遮ることが今までなかったので、突然の事に驚きながらも返事を返せば、父様は静かに頷くと、僕の背中をそっと押した。
「なら、行っておいで」
いつもなら、僕の質問に最後まで全部答えてくれるだけに、今の父様は何かを隠しているように見えた。でも、今は答えてくれそうにない雰囲気に、帰りにでも聞けばいいやと、僕は魔法陣の上に立つ。
僕は深呼吸をして目を閉じると、教わった通りに、魔力をゆっくりと流し込む。次第に魔法陣が光り始め、空気が震え、僕の胸も高鳴っていく。
扉は一生のうちに一回しか開く事が出来ないそうで、卵から産まれるまで何が来たかも分からない。そして、やり直しも出来ないから、ドキドキしながら卵が現れるのを待った。けれど、どれだけ待っても、何も起きない。魔法陣の光も徐々に弱くなり、しぼむように消えていってしまった。
「……え?」
魔法陣は跡形もなく消え失せ、ただ冷たい床だけが残った中、父様の方を見ると、父様の表情から笑顔が消えていた。笑わない父様の顔は、兄様に似ているなと、何処か現実逃避のような事を僕は考えていた。
そんな事をボーっと考えている間に、僕の近くまでやって来ていた父様は、優しく僕を抱き上げてくれた。
「リュカ、帰ろうか」
「とうさま、ぎしきは?」
僕の質問に、父様の瞳は見たことがないような悲しみで揺れていた。
「リュカ。儀式は、もういいんだよ」
「なんで? ぼくのたまご、まだ――」
「……もう、来ないんだ……」
掠れるような声で言った父様の言葉が理解できない。ただ、フェリコ先生のアルバみたいな子は、僕のところには来ない。
その事実だけが、ゆっくりと僕の意識を闇に沈めていった。
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