奇跡の残響、そして不屈の五重奏
奪われた体力と、灯った火
手術の赤ランプが消え、ナツミは生還した。
しかし、病室に戻った彼女の姿は、あまりにも痛々しかった。命は繋ぎ止めたものの、長期間に及ぶ闘病と大手術は、彼女から「歌うための筋力」と「立っているための体力」を無慈悲に奪い去っていた。
「……ごめん。声、思うように出ないかも」
酸素マスクを外したナツミが、掠れた声で呟く。少し動くだけで肩で息をし、以前のような圧倒的な声量はどこにもなかった。
「謝る暇があるなら、一秒でも長く寝なさい」
アンは冷たく言い放ったが、その手はナツミの細くなった手を強く握りしめていた。
ユイのリーダーシップ
ナツミがリハビリに専念する間、バンドの舵を取ったのはユイだった。
これまではナツミの背中を追うばかりだった彼女が、初めて「リーダー」として立ち上がった。
「ナツミがステージで倒れても、私たちが音を止めなければ、それは『ライブ』として続く。アン、あなたのギターをもっと歌に寄せて。リン、ナツミが呼吸しやすいリズムを叩き出して。カノン、今のナツミの『掠れた声』が一番美しく響く言葉を選んで」
ユイは病院とスタジオを往復し、メンバー一人ひとりと向き合った。
「私たちはナツミを助けるんじゃない。ナツミと一緒に、世界を殴りにいくのよ」
ユイの揺るぎない眼差しに、バラバラだったメンバーの視線が一つに重なっていく。
限られた時間のクリエイション
ライブ当日まで、あとわずか。
ナツミの練習時間は、医師の許可を得て一日わずか30分。それ以上は心臓が持たない。
一分一秒が、まさに《命の削り合い》
「練習、始めるよ」
車椅子でスタジオに現れたナツミを、4人は最高の音で迎えた。
ナツミの声は以前のように響かない。掠れ、時折途切れる。しかし、その不完全な歌声には、死の淵を見てきた者だけが持つ、凄まじい「生」の説得力が宿っていた。
《失うことを恐れずに 走り出したあの日を忘れない》
アンがナツミの呼吸に合わせてギターの歪みを調整し、リンが鼓動のようなバスドラムを刻む。ユイのベースがナツミの体を底から支え、カノンの言葉がナツミの魂を震わせる。
決戦の朝
そして、約束の一ヶ月後。ライブハウスの楽屋。
ナツミは震える足で立ち上がり、鏡の中の自分を睨みつけた。
顔色は青白く、手足は細い。けれど、その瞳に宿る《Dream of Life》の光だけは、誰よりも強く燃えていた。
「ユイ、みんな。……私をここまで連れてきてくれて、ありがとう」
「お礼はステージの上で聞きなさい」
アンが真っ赤なギターを肩にかけ、不敵に笑う。
「……行くよ。神様さえ知らない、私たちの最高の人生を歌いに」
ステージの幕が開く。
そこには、病室の窓の外から夢見ていた、眩しすぎるほどの「光」が待っていた。
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