未完の絶唱、賭けられた命


カノンの静かなる怒り


バラバラになったスタジオに、カノンの鋭い声が響いた。


「ナツミの命を削っているのは、病気じゃない。あんたたちの『迷い』よ」


彼女は書き溜めた歌詞の束を床に叩きつけた。


「彼女がリハビリで血を吐く思いをしてる間、あんたたちは楽器を置いて何を待ってるの? 彼女が戻る場所を壊して、何が親友よ!」


カノンの言葉に、アンはギターを握り直し、リンはスティックを強く握りしめた。


その夜、4人の元にナツミから一通のメッセージが届く。


『来月、必ずライブハウスに戻る。だから、新曲を完成させて待っていて。――最後の手紙だと思って読んでほしい』


空白の病室


「どういうことよ、これ!」


翌朝、アンがナツミの病室のドアを乱暴に開けた。背後にはリンとカノンも続いている。

問いただすべき本人は、そこにはいなかった。

ベッドは綺麗に整えられ、代わりに椅子に座っていたのは、目を赤く腫らしたユイだった。

「……ナツミは?」リンの声が震える。

ユイは力なく首を振った。


「ナツミは今、地下のオペ室にいる。一か八かの、大きな手術を受けてるの」


一か八かの選択


「手術……? そんなの聞いてないわよ!」


アンの叫びに、ユイはナツミから託された『手紙』を三人に手渡した。


「今朝、急に容態が変わって……。この手術が成功しても、すぐに歌えるようになるわけじゃない。むしろ、無理に歌えば二度と声が出なくなるリスクもあるって先生は言ってた。だけど、今のまま入院を繰り返して腐っていくよりはマシだって、あの子が自分で決めたの」


ユイは言葉を詰まらせ、ナツミの枕元に置かれたマイクを抱きしめた。


「来月までに復活するっていう手紙の約束……あれは、この手術が成功して、あの子が奇跡を起こしてくれない限り、全部無かったことになる。だから、私が代わりにここで待ってるの。あの子が『光』を持って戻ってくるのを」


託された「夢の欠片」


静まり返る病室に、遠くで手術中を示すランプの点灯が、彼女たちの目に焼き付く。


《目に映るもの 全てが夢の欠片に見えた》


「……バカな女。あんな手紙寄越しておいて、自分だけ死ぬ気なんてないでしょうね」


アンが震える声で笑った。


「あいつが戻ってきた時、私たちの音がボロボロだったら、それこそあいつに殺されるわ」


リンが病室の壁を叩く。


「……叩き直してやる。あいつが戻ってきて、すぐ歌えるような最高のビートを、今からスタジオで作ってやるよ!」


祈りのシンフォニー


カノンは黙って窓の外を見つめていた。


「……歌詞を書き直すわ。絶望なんて一行もいらない。ただ、彼女が帰るための『光』だけの歌を」


ユイは3人の背中を見送りながら、手術室へと続く廊下へ向かって心の中で叫んだ。


(ナツミ、聞こえてる? みんな、あんたの音を待ってる。だから……絶対にその手を離さないで!)


一瞬一瞬が、命を懸けた《Dream of Life》

四人の不協和音は、ナツミという太陽を失いかけたことで、かつてないほど鋭く、一つに研ぎ澄まされようとしていた。

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