転生してから、しばらく

 次回の更新は9時と18時になります( ̄^ ̄ゞ


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 アイネラ・ファンタジーの舞台である王立学院は、高校と大学を混ぜたような少し変わったものである。

 何せ、教師だけでなく、准教授や教授、理事長という役職まであるのだから。

 ややこしいったらありゃしない。全部教師で統一すればいいのに……と思うが、そうもいかない。

 教師は自分の受け持つ担当クラスがあり、そのクラスに対して授業を行うのに対して、准教授や教授は決められた時に授業を行うだけ。生徒は好きな教授達の授業を受ける、といった感じで役割が分かれているのだ。

 決められた時間に決められた授業を受けなければいけないのが、四学年まで。五学年に上がれば、好きな講義を好きなタイミングで受けることができる。

 簡単に言ってしまえば四学年までが高校、五学年からが大学と思ってもらえればいいだろう。


 そして、王立学院教授になれば与えられる権限も個人で使用できる研究費用もかなりもらえるようになり、肩書きを得るだけで世間で箔がつく。

 そのため、教師陣は実績や成果を上げ、皆一様に教授というポジションを狙うようになるのだ。

 ブライはその中でも教師の立場。

 侯爵家の人間でありはするが、爵位よりも実績が重視されがちな王立学院では一番下の立場である。


「よし、じゃあ今日の授業……というか、自習はここまで。出した課題ができなかったやつは、次の授業までに出すようになー」


 王立学院の教室の一つ。

 チャイムが鳴り、ブライの声で生徒達が一斉にざわつき始める。

 学生にとっては憂鬱に感じることの多い授業が終わったからか、解放されて皆浮足立っているのだろう。

 ただ、それだけではないようで―――


『なぁ、やっぱり最近のブライ先生って、やっぱり変わった……?』

『ねぇー、無暗に怒らなくなったし、分からないところあったらちゃんと丁寧に教えてくれるし』

『ハッ! どうせ今だけだって! またすぐにあのクズに戻るに決まってる!』


 しかし、ブライは生徒の声に反応することなく教壇の上の資料を手に取ると、そそくさと扉の方へと向かっていく。


「先生、お疲れ様っ」


 教室の入り口の前。

 そこからブライへ声をかけてきたのは、雪のような美しい髪と一層美しい容姿をした少女であった。


『やっぱり、アナスタシア様は綺麗だよなぁ』

『あの容姿で、魔術の腕は学院きっての天才級なんだろ? はー、お近づきになりたい』

『無理だって、この前公爵家の三男様が告白して即フラれたって話だし』

『そういえば、この前の試験で上級生を泣かせたらしいぜ。すげぇよなぁ……やっぱり、二年生なのに助手アディウトルに選ばれるだけはあるよ』


 やっと気楽に喋られるようになったからか。

 授業が始まってからやって来たアナスタシアを見て、口々に好意的な話題を出す。

 しかし、こちらもまた。生徒の話している声など無視して、アナスタシアはブライへと駆け寄った。


「早速だけど、今日の資料を回収させて。あとでまとめて報告書にするから」

「おう、頼むぞ」

「先生、それと今日お話しした女子生徒の名前教えて。あとでチェックするから」

「おう、やだよ」


 まるで浮気調査されているように感じたブライさんであった。


「いや、なんで浮気の証拠をわざわざ自分で提出しなきゃいけないんだよ? 浮気じゃないけどさ」

「(だって、先生がいつ他の女の子に取られるか分からないし……早いうちに牽制しておきたいんだもん)」

「ん? 何か言ったか?」

「な、なんでもないよっ! それより、早く資料! 次の授業だってあるんだから!」

「お、おぅ……ほれ」


 ブライはどこか釈然としないながらも、アナスタシアに書類を手渡す。

 しかし、ちゃんと渡したというのにアナスタシアは未だに拗ねたまま。

 なので、ブライはあやすようにアナスタシアの頭へと手を乗せた。


「……子供扱いやめて」

「そこに山があっただけで登った人がいるらしくてな、俺はその頭バージョンだ」

「……先生って頭撫でるの好きなの? たまにしてくるけど」

「嫌だったらやめるぞ?」

「ううん、先生に頭撫でられるの、ボクは好き―――」

「ほれ、飴ちゃんをやろう」

「これ子供扱いだよね山のくだり結局関係なかったよね!?」


 プンスカ、と。さらに頬を膨らませてブライの胸を殴るアナスタシア。

 どうしよう、揶揄うのとても楽しい。あと可愛い。

 だからこそ、ブライは思わず楽しそうに笑った。

 ただ、教室にはまだ生徒達が残っており。

 その光景を見て、さらに教室中がざわつき始めてしまう。


『あの二人、本当に仲いいよなぁ』

『前までめっちゃギスギスしてたのにねぇ』

『しかも、あのアナスタシア様があんなに懐くなんて……氷の令嬢、なんて呼び名が霞んで見えるぞ』


 ただ、生徒達の声はやっぱり二人には届かないようで。

 ある程度満足したブライと、未だに拗ねているアナスタシアはそのまま教室を出て行った。


「……まぁ、先生がどうしようもなくボクのことが好きなのは知ってるからいいけどさ。あーいうのは教室でしないでほしいよまったく」

「すまんすまん」


 確かに、大勢がいる場ですることではなかったな、と。

 ブライは少しだけ反省する。


「そういえば先生、そろそろ自習じゃなくて普通の授業の回数も増やそうよ。いくら先生の用意した餌が高級でも、放し飼いで成長するのは豚さんだけだよ?」

「そうは言うが、まともに授業しようとしても皆ビビったりボイコットなりで授業になんないんだよ」

「……過去の先生が馬だったり鹿だったりした時の弊害だね」


 俺のせいじゃないやい、と言いたいのに言えないのが悲しい。


「……っていうわけで、授業じゃないと教えられない時以外は自習。放し飼い育成の方針なの」

「先生の授業、ボクは好きなのに」

「そうは言うがな、これ以上生徒達の評価を下げるわけにはいかないんだコンペに参加するためにッッッ!!!」

「あー……コンペって、生徒達の推薦も必要だもんね」


 でも授業受けたいなぁ、と。

 拗ねるように唇を尖らせるアナスタシアは、教室を出てもブライの横を離れる気配がない。

 まぁ、それもそうだろう。

 助手アディウトルに選ばれた生徒は授業、もしくは単位がある程度免除される代わりに、常に担当の教師や教授のサポートをしなければならないのだから。


(それにしても、本当に随分と懐かれたよなぁ)


 転生してすぐは、画面越しに見ていた時と同じぐらいに冷え切った視線と態度を見せていたというのに。

 今ではすっかり授業中以外も傍から離れようともしない。ちょっとしたスキンシップも、文句を言いながらもどこか嬉しそうにさえしている。まるでご主人様大好きで中々素直になれないご自宅の猫のようだ。


(寮の裏で助けた時からだよな、きっと。あれってそんなに警戒心解かれるエピソードだっけ? ただ変態を蹴って冷凍保存しただけなんだが……)


 うーん、と。

 ブライは頭を悩ませる。

 すると、アナスタシアはそんなブライの顔を覗き込んできた。


「どうしたの、先生? またオリジナルのことでも考えてるの?」

「ん? いや、別にそういうわけじゃ……」

「ま、まさか女の子の裸───」

「違うが!?」


 この顔でその考え事をしていると思ったこの子、ちょっとおかしい。


「前々から言ってるけど、先生は少し休んだ方がいいと思うんだ。だって、オリジナルを二つも先生は編み出してるし、もう研鑽しなくてもなんだからさ」


 考え込んでいたのは別に魔術のことではないんだが、どうやらアナスタシアはそう解釈したらしい。

 とはいえ、そう思われているのは間違いなく前世のゲーム知識があったからだ。

 もし、ゲームなどプレイしていなければ、右も左も魔術のことさえも分からないずぶの素人。こんな少女に尊敬の眼差しを向けられることはなかっただろう。


「せ、先生のためなら……その、ボクにできることならなんでもやるし。それぐらい、先生には学ばせてもらってるしお世話になっているから。あんまり無茶はしてほしくない、かも……」


 気恥しそうに、それでいて嘘などどこにも感じられない真っ直ぐな言葉。

 ブライはそんなアナスタシアを見て、少しばかり口元を緩めてしまう。


(……この子は、ヒロインの一人)


 それでも、前世では結局体験することのなかった、生徒からの賞賛と気遣い。

 色々ズルをしているようで思うところもあるが、それでも嬉しくて再びアナスタシアの頭を撫でてしまった。


「ありがとな、アナスタシア」

「……先生だけだから、こんなこと言うの」


 たとえ、破滅フラグを運んでくるヒロインであっても、ブライにとっては一番最初にできた生徒。

 懐かれているなら無理に邪険にする必要はない。

 だからこそ、ブライは少し温かくなった胸の感情を味わったまま、手を離すことなく次の教室へと向かったのであった。




「よし、じゃあ今日は寮の自分の部屋で寝て───」

「いや」

「よく拒否できるよなそろそろ自分のお布団で寝ようか俺だって男なんだし」

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2025年12月28日 09:00
2025年12月28日 18:00
2025年12月29日 09:00

悪徳教師が破滅フラグ回避ために早期退職を目指していたら、どうしてかヒロイン達が懐いてくるようになった。 楓原 こうた【書籍10シリーズ発売中】 @hiiyo1012

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