アナスタシアとブライ

次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 アナスタシアにとって、ブライという教師は切りたくても切れない存在だった。


『いいか、アナスタシア。ガーナスター侯爵家との縁はなんとしてでも守り抜け。懇意にすればするほど、サーキュライ家は力をつけられる』


 いわゆる、家の問題というやつだ。

 サーキュライ子爵家は前々よりガーナスター侯爵家と繋がりがあり、家同士の関係を強くしたい。

 そういう両親の想いがあり、アナスタシアは王室が運営する国一番の魔術の学び舎───王立アイネラ魔術学院で働くことになるブライの補佐を命じられた。

 幸いにして、アナスタシアは魔術における天才ジーニアス。同年代以上に素質がある。

 六学年ある学院のわずか二年で、ブライの助手アディウトルという教師の補佐ができる、選ばれし生徒のみが携われる肩書きを手に入れることができた。


『流石は、アナスタシアさん!』

『是非とも、卒業後は我が領地で働いてほしいものだ』

『私、アナスタシア様のこと尊敬してるんだ!』


 だが───


『あの、クズ貴族の助手アディウトルかぁ』

『絶対やめた方がいいよ! 悪い噂ばっかりだし、事実……受け持ってるクラスの子からもよく話聞くし……』


 実際、ブライの性格は噂通りだった。

 授業は形だけ。まともに誰かへ教えることもなければ、すぐに生徒に当たり散らかす。

 事前に話を聞いてはいたが、明らかなコネ就職。魔術の才能も皆無。

 それは、助手アディウトルになってよく分かった───


『おい、お前……俺に恥をかかせるのか? こんな授業内容をやらせるとは、よっぽど家を潰されたいと見える』


 ……本当に最悪だった。

 親に無理言ってでも、辞めたかった。

 それでも。

 手を出されても、どれだけ仕事を押し付けられても、嫌味を吐くほど聞かされたとしても。

 それでも。

 自分には、夢があったから───すべての魔術師の憧れ。自分が、世にはないの魔術を編み出したいから。


(そして、ボクはいつか魔術世界に名を刻むんだ)


 下級、中級、上級、超級とある中で。

 オリジナルはどれにも当て嵌まることなく、どれにも当て嵌めることがある。

 使用が難しいのではない……使用に至るまでが難しいのだ。

 設計図を見て家を建てるのと、設計図なしで家を建てるのかの違い。

 その難易度は、魔術界隈では───超級魔術を扱うよりも遥か困難とされる。

 それを、アナスタシアは編み出したい。

 編み出したいからこそ、国一番とされる魔術学院を辞めるわけにはいかない。

 今まで、寝る間も惜しんで毎日毎日、必死に勉強し、研究してきたのだ。


(だったら、耐えてやる……クズな野郎のお守りをしてでもね)


 そう思って耐えていたある日、不思議なことが起こった。


『アナスタシア! どうすれば教師を辞められる!?』


 ブライが急に変わったのだ。

 まるで

 教師を辞めたいと言い始めた、素の自分までどうしてか分かってる。ましてや、お礼まで言ってきた。


(……まぁ、ボクには関係ないけど)


 自分で授業の内容まで考えるようになったおかげで、アナスタシアの負担は少なくなった。

 授業が終わる度にすぐに部屋に籠って何かをし始めるようになった。

 その分、あまり顔を合わせなくなり……自分の時間が増えるようになって、オリジナルの研究の時間が確保できるようになった。


『ね、ねぇ……ブライ先生の授業さ、なんか分かりやすくない?』

『自習ばっかりなのは変わんないけど、分からないところはちゃんと教えてくれるし』

『怒らなくなくなったしね……逆に楽な授業すぎてちょっと怖い』


 そんな噂も聞いた。

 どうやら、変わったと思ったのは自分だけではなかったらしい。


(それでも、ボクには関係ない)


 そして、違和感が出始めた二ヶ月が経ったある日───


「おい、アナスタシア。どうして俺のところに来ないんだ?」


 ずっと前から、勧誘してきた教師。

 王立の魔術学院には多くの貴族が在籍しており、教師もまたブライのようにある程度の爵位を持った人間が多い。


「伯爵家の人間であり、次期准教授と名高い俺の愛人になれるんだ。それだけでも誇らしいことであろう?」


 そのうちの一人が、アナスタシアが『学院きっての天才』よ噂されるようになってから、ほぼ毎日のように声をかけてくる。

 魔術師と腕だけではなく、アナスタシアは容姿が同世代の中でも明らかに整っているせいもあるのだろう。


(……こいつ、うちの先生と同じぐらいのクズで有名なんだよね)


 自分の出世のために、欲望の捌け口としか見ていないようなやつ。

 だからこそ、今までずっと丁重に断り続けていた。

 けれども、この日どうしてか。

 嫌なことでもあったのか、いつも以上にしつこくて。


「貴様、あまり調子に乗るなよ? その気になれば、貴様など学院から追い出すことだってできるんだぞ?」

「〜〜〜ッ!?」


 やり返すことは、多分できる。

 アナスタシアは魔術の天才。学生ながらに、現役の魔術師ですら扱うのが難しい超級魔術だって扱える。

 けれども、教師で伯爵家の人間に手を上げたとなれば間違いなく学院にいられなくなる……が、終わってしまう。


(……でも)


 嫌だ、こんなやつのものになりたくない。

 誰かに助けを求めたくても、最悪なことに人気のない寮の裏で声をかけられてしまった。


(嫌だ……)


 でも、ここで反抗すれば学院を追い出されるかもしれなくて。

 学院を卒業してしまえば、オリジナルを追い求めることも難しくて。

 それ以上に……思ってしまった。

 目の前の、この好きでもない男に、至近距離から迫るようにこの光景が。


「……ぃ、や……」


 薄らと、涙が浮かび始める。

 それが防波堤の決壊だと言わんばかりに、アナスタシアの脳内に『怖い』という二文字が浮かび上がってきた。

 だから、思わず。


「だ、れか……」


 情けなく、頼れる強い天才ジーニアスの自分の姿などどこにもなく。


「助け、て……よぉ……!」


 そして───



「おい、クソ先輩ばか。うちの可愛い生徒に手を出してんじゃねぇよ」



 ゴッッッッッッ!!! と。

 突然、頭上から。


「ばッ!?」


 アナスタシアに迫っていた男の体が地面を何度も転がっていく。

 ……意味が分からなかった。

 何も声が出せず、ただただ呆けてしまう。

 けれど、少し時間が経てば自ずと目の前の現実を理解するようになって。


「新手のナンパの相手とか大変だろ、アナスタシア? そういう時は近くのお巡りさんに声をかけるのがベストだぞ?」


 現れたのは、


「な、んで……先生が……」

「ん? 助けてって言っただろ? 本当はちょっと前から見てたんだが、エキストラ達のセリフがあんまり聞こえなくて介入していいか分からんかったからな」


 いや、そういう意味ではなく。

 どうして、ブライがわざわざ自分のためにやって来るのか?


(だって、先生は生徒がどうなろうが……ボクがどうなろうが、気にしないクズだって……)


 なのに、今は。

 アナスタシアを庇うように前に立ってくれていて。

 それどころか───


「大丈夫、あとは任せろ」


 ブライはアナスタシアの頭を優しく撫でてくれた。


「生徒の未来を潰すんじゃなくて、選択肢を与えるのが教師だからな」

「〜〜〜〜〜ッ!?」


 何故か、その言葉は。

 一番、ブライという男には似合わない人なのに。


(どう、して……んだろ)


 ただ、そんなアナスタシアの心情など露知らず。

 吹き飛ばされた教師の男は、鼻から垂れる血を押さえながらゆっくりと立ち上がった。


「き、さま……よくも……コネでしかこの学院に入れなかった、魔術の才もない無能が……ァ!」


 そして、懐から一冊の本を取り出し、捲ったページの一つを指でなぞった。

 すると、次の瞬間に男の背後から校舎まで昇る赤色の炎が浮かび上がる。


(上級、魔術……!?)


 魔術を発動させるのに複数方法がある。

 詠唱を行い、魔力を消費して世に事象を起こすか。

 詠唱を事前に魔導書へ記し、魔力を流しながらなぞることで世に自称を起こすか。

 どちらの方が難しいか、なんてものはない。

 指でなぞろうが、詠唱をしようが、個人の技量や魔力操作が求められる。


「女は俺に魔術の才能と子を提供すればいいのだ! この俺に! この俺に尽くせることこそ誉のはずなのだ! 貴様みたいな無能が刃向かっていいわけあるか! もしも邪魔するというのなら、無能ォォォォォォォォォォォォォッ!!!」


 明らかに脅威と言わざるを得ない事象。

 許しはしない、と。明らかな怒気を見せる姿。

 上級魔術も容易に扱えるアナスタシアが、あまりの光景に思わずブライの背中に隠れてしまう。

 しかし───


「ハッ! ベターで誰でも扱える魔術に凄いもクソもあるかよ」


 ブライだけは。

 男の魔術を見ても悠々と、飄々とした態度を見せる。


「……いいか、観客の度肝を抜くにはな。観客の「あり得ない」を超えなきゃいけないんだよ」


 スッ、と。

 手袋を外して、手を向ける。

 その手は、何やら

 その文字が、急に煌めき出して。


「そもそも、教師が生徒から奪ってんじゃねぇよ。『先生』は生徒に未来を与えるもんだろうが」


 その瞬間、どうしてか。

 


「………………えっ?」


 男も背後にあった聳える炎も、すべてが雪に覆われたまま固まっていて。

 魔術は、指で魔導書をなぞるか詠唱するしか発動しないのに。

 どうして、指を鳴らしただけで魔術が発動するのか?

 いや、そもそも。こんな魔術は知らない。

 

 だからこそ、それに驚くはずなのに。


「これは俺の責任だ。アナスタシアには関係ない話で、気にする必要もない」


 思わず、素直にそう思ってしまった。

 目の前に見える景色と───


「お前の努力は知ってるから、こんなところで未来の足踏みするなよ? 俺は楽しみにしてるからな」


 そう、笑いかけるブライの姿が、


「き、れい……」


 あまりにも、胸を打つほど美しかった。

 きっと、生涯の中で一番と言っていいほど、思わざるを得なかった。

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