悪徳教師が破滅フラグ回避ために早期退職を目指していたら、どうしてかヒロイン達が懐いてくるようになった。

楓原 こうた【書籍10シリーズ発売中】

プロローグ

 教師を目指したきっかけはなんだったか? ふと、たまに思い返してしまう。


『教師は生徒の未来に選択肢を与え、選ぶ勇気を与える者のことを言うんだよ。だから、一生懸命選ぼうとする可愛い生徒を見ると、ついお節介をしてあげたくなるんだ』


 ……そうだ、そういえばそうだ。

 高校の進路に悩み、皆が進路を決め、焦燥感に駆られる自分の背中を押してくれた教師と出会ったからだ。

 何をしたいかも分からない自分に毎日相談に乗ってくれ、次の日には明らかに徹夜したであろう量のパンフレットや情報をまとめた資料を提出してくれる。

 自分が中々決めきれなくても、彼は嫌な顔一つせずに最後まで付き合ってくれた。

 その姿を見て……自分も「こんな人になりたい」と思ったのだ。

 だから一生懸命に勉強もしたし、試験に落ちてもめげず、ようやくの想いで教職員の免許を取って、それから───



 ♦️♦️♦️



「……ふぅ」


 広々とした一室。

 壁際にはいくつも本棚が並んでおり、書籍がびっしりと詰まっている。

 中央には大きなテーブル一つと、サイズに見合わないソファーが二つ。

 そして、部屋の奥。扉を開け放って真っ先に映る執務机の前に、一人の青年が座っていた。

 スーツのようなフォーマルな格好は「贅沢」と言っていいほど装飾品があしらわれており、短く切り揃えた黒髪から覗く顔は端麗の一言。

 そんな青年は、紅茶片手に外から覗く洋風な……とは違う景色を見て、思わず───


「なんで俺がゲームの世界に転生してんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」


 ───アイネラ・ファンタジーというゲームがある。

 多くのヒロインとのギャルゲー要素もありながら、レベルを上げて敵を倒していくというRPG、アクション要素もある、人気ゲームだ。

 人気を博した理由の一番は魔術という要素を組み合わせたことだろう。

 剣も貴族制度もある、よくある異世界の学校が舞台。

 その中でも、という設定。

 とはいえ、既存……というより、設定として出てくる魔術を使用するのが大半。

 しかし、その中で一定の前提と高難易度の条件をクリアすると、ユーザーが考えた魔術がゲームで使用できるのだ。

 もちろん、可愛すぎるヒロインとのストーリーも理由にはあるだろう。

 多くの苦難を乗り越え、好感度を稼ぎ、晴れてハッピーエンド。ギャルゲー要素もまた、飽きさせない要素としてある。


 その中で、必ずといっていいほど出てくるキャラクターが、主人公以外に一人。

 ───ブライ・ガーナスター。

 侯爵家の次男であり、傲岸不遜、自己中、酒と女癖が悪いクズ、そして主人公達が通う学院の教師。

 幾度となくヒロインや主人公にイチャモンをつけ、敵として立ちはだかり、必ず破滅を迎える。

 そんなキャラクターに───


(ちくしょう、成ってしまった……何故だッ!?)


 教職員免許を取ったばっかりなんだ。

 浮ついていたわけではないし、酒を飲んで朦朧としていたわけじゃない。

 ただ、車に轢かれそうな子供を助けて、自分が跳ねられて、気がつけばこんなキャラクターになっていた。

 それが、一週間前の出来事。

 初めは「夢かな? あーはっはっはー寝れば覚めるか!」なんて思っていたのに、そうじゃなくて。

 そもそも、教職員免許を取った自分へのご褒美でブルータス・アカデミーをプレイしていなければ、ゲームの世界だということにすら気づかなかっただろう。


「おかしい……何がおかしいって、この理不尽を直しに来てくれない神様がおかしい。まさか炬燵から離れられないからって仕事放棄してんじゃないないだろうな……?」

「おかしいのは、先生の頭じゃない?」


 未だに意味が分からず頭を抱えているブライへ、声がかかる。

 視線を向けると、本棚の一つ───そこから書籍を取り出す、一人の女子生徒の姿があった。


「何を言っているか分からないけど、そろそろ書類にサインぐらい書いてよ。授業内容を考えろ、まではもう言わないからさ、せめて字を習いたての子供でもできることはしてほしい」


 艶やかな銀の長髪。

 端麗でもあり、可愛らしくもある、愛嬌さと上品さを掛け合わせた少女。

 ───アナスタシア・サーキュライ。

 サーキュライ子爵家の一人娘であり、学院の二学年でありながらも教師の助手アディウトルを務める、学院きっての天才。

 氷の令嬢、と呼ばれるほど容姿が整っており、他人を寄せ付けない性格。

 そして───


(ヒロインの一人、なんだよなぁ)


 自分に破滅フラグを運んでくる、ヒロインの一人。

 こうして助手アディウトルとして傍で見られるというのはユーザーとして嬉しいの一言なのだが、どうしてだろう……歩く拳銃にしか見えない。


「あ、うん……するけどさ」


 ブライは大きなため息をつき、大人しくペンを片手に取って分かりやすく「ここにサインして」と付箋の貼られている書類に名前を書いていく。

 すると───


「……珍しいね、先生がそんな殊勝に仕事をするなんて」

「ん?」

「一週間前から、なんか雰囲気が違うように見えるよ。タンスの角にでも小指だけじゃなく頭もぶつけたの?」


 冷え切った視線を向けていたアナスタシアが、どこか訝しむような瞳に変えてブライを見る。

 そりゃ転生したから、なんて言ってもどうせ信じてはくれない。言いたいけども! 言ったところで「は?」とさらに冷たい目で見られるからブライさんは言えないのだぐすん。


「心配してくれてんの?」

「は、はいっ!? ボクが先生の心配なんてするわけないじゃんばーかっ!」


 頬を真っ赤にし、照れたようにそっぽを向くアナスタシア。

 その姿は歳相応の少女のようで大変愛らしいものであった。


(うーむ、可愛い……可愛いんだが、アナスタシアも結局俺を殺す存在なのは変わりないんだよなぁ)


 ───主人公やヒロイン達が入学してくるのは、約半年後。

 故にこそ、まだ本格的にどのシナリオも始まることはないが、それも時間の問題。

 そもそも、身近に先輩枠のヒロインが傍にいるのだ。破滅フラグがいつ訪れてもおかしくはない。

 当然の事ながら、死にたくはないのだ。特に一度死んだ経験があるからこそなおさら、だ。


(ゲームなんて周回もしてないし、全部のシナリオの内容を覚えているわけでもない。……このままじゃ、いつ神様がばら撒きまくった足元の地雷を踏むか分からん)


 どうしたもんか、と。

 ブライは頭を悩ませる。

 すると───


「(あ、相変わらず嫌なやつだよほんと……こんな教師、)」


 ブツブツ、と。

 頬を赤らめながら苛立っているアナスタシアの声が聞こえた。

 それを耳にしたブライは、まるで水を得た魚のように立ち上がった。


「それだッッッ!!!」

「うわっ! い、いきなりなに!?」


 突然の、あまりの声量にアナスタシアは可愛らしく背中を跳ねさせて驚いてしまう。

 しかし、それどころではないブライは立ち上がってアナスタシアの肩を掴んだ。


「アナスタシア! どうすれば教師を辞められる!?」

「た、単純に辞表を出せば済むけど……っていうか、今の言葉を本気で受け取るの!?」

「あぁ、そうだその通りだこれ以上美少女の蔑んだ白い目は耐えられんッ!」

「逆に温かい目を向けられると思っているところに驚きだけど……先生、いつもボクに授業資料作らせて内容考えさせて、挙句に楽しそうに虐めてくるじゃん」


 そんな酷いことしてたの泣きたくなってきた、なんて思ったブライさんだった。


(だからこそ余計に、退を! 学院にさえいなければ、神様が勝手に埋めた地雷の傍を歩かなくて済むからな!)


 確かに、そもそもの話。

 学園を舞台にして、学園に通うヒロイン達と絡んでいるからこそ、破滅フラグが起こるのであって。

 一緒にいなければ、鞭打たれる未来も首を締められるイベントも起こりはしない。

 まぁ、話ではあるのだが……それはそれで変わってしまった未来が分からなくなる可能性があるので、極力取りたくはない選択。

 つまるところ、辞表さえ出してしまえば簡単にお悩み解決───


「だけど、先生は辞表を出せないよ?」

「出せないの!?」


 ……できそうにもなかった。


「何せ、先生の家は侯爵家。今の教職員という立場は家にいてもロクに働かない先生のために用意された、周囲の体裁だけの席だもん。これを放棄したとなると、先生は侯爵家から見限られると思うし、そもそも侯爵家が退職を認めてくれないと思う」

「随分と酷い設定」

「ボクは先生が辞めたら家的には大変だけど、かなり嬉しいことこの上ない」

「随分と酷い印象」


 先生のメンタルはボロボロである。


「とはいえ、方法がないわけではないと思うよ? 先生は役立たずというレッテルを貼られているだけだからね、家に戻っても何も文句は言われないはず」

「本当か!?」

「う、うん……っていうか、その……そろそろボクの肩から手を離して……」

「あ、すまん悪い」


 恥ずかしそうに薄らと頬を染めながら顔を背けるアナスタシア。

 嫌っている相手とはいえ、男。顔が近いことに今さら気付いたブライはすぐさま手を離す。

 しかし、ナイスアイデアをいただいたブライは───


「とはいえ、助かった! 、アナスタシア!」


 すぐさま机の上にある書類を手に取り、部屋の扉へと走り出していく。


(ふ、ふふふふふ……実績、だと? 容易いわ! 実績なんぞこのゲームでオリジナルを作った知識ある俺にとっては釜で米を作るより簡単なことよ!)


 簡単という割には少し時間かかるらしい。


「よし、じゃあ俺ちょっと席外すから! あ、それと明日から俺が授業の内容作る……今まで押し付けて悪かったな!」


 そして、素早くブライは部屋を飛び出していく。

 目指せ、実績。新しい魔術。

 実績を作り、主人公達がやってくる前に少しでも早く退職しなければッッッ!!!


「(せ、先生に初めてお礼言われた……)」


 最後、部屋の扉を閉める間際。

 何やらアナスタシアの声が聞こえたような気がしたが、ブライは気にせず足を進めていく。

 しかし───


(……教師、辞めることになんのかぁ)


 なんて、そんなことを。

 見知らない、まだ慣れてもいない学園の廊下を歩きながら、ブライではない〇〇は思ってしまったのであった。



 ♦️♦️♦️



 とはいえ、あれから早いもので───五ヶ月が経ってしまった。


「うーむ……」


 すっかり転生先の生活にも慣れ、ブライが教師として割り当てられた一室ももはや居心地よくなってしまった。


(はて、あと一ヶ月で主人公達が入学してくるのに、どうして居心地がよくなる体験ができてるの……?)


あれれ、おかしいな?

不思議だ、学院を辞められていないぞ。


「先生、コーヒー飲む?」


 認めたくない現実に首を傾げていると、艶やかな銀の長髪を覗かせる美少女がカップ二つを持ってくる。


「おう、ありがと……だが砂糖が入ってないよアナスタシアって飲めなかったよねそこら辺大丈夫そう?」

「飲めますが何か!?」

「安心しろ、背伸びをしたって俺は嫌いにならん」

「大人のレディーに対する安心の仕方を今度じっくり教えてあげるよ、先生……ッ!」


 頬を膨らませながら、椅子を持ってきてブライの横へ腰を下ろすアナスタシア。

 確かに、彼女も来月で三学年───年齢は十六歳だ。子供扱いするには、少し失礼かもしれない。

 けれども、仕方ないじゃないか───


「(まったく、先生はまったくもぅ……ボクのこと、子供扱いばっかり)」


 この反応、めちゃくちゃ可愛いんだもん。


「なぁ、アナスタシア……俺って、確かもうオリジナルを二つ創ったはずだよな?」

「ん? そうだけど。というより、先生は凄いよね。この前まで『ザ・無能』って感じだったのに、魔術の腕前は教師の中でも一番だよ」

「あれ、じゃあなんで俺は学院を辞められてないんだ……?」


 おっかしーなー、と。首を傾げるブライへ、アナスタシアは体を寄せる。


「まーた、そんな妄言戯言を言って……」

「ねぇ、今俺の死活問題をボロクソに切り捨てなかった?」

「先生はずっと先生じゃなきゃダメだからね?」


 甘えるように頬を擦り付けてくるアナスタシア。

 その姿を見て、ブライは思わず首を傾げる。


(転生してから五ヶ月……このヒロインにも随分懐かれたなぁ)


 なんでだろ? さらに首が傾く。

 、と。

 しかし、そんなブライの疑問を他所に、アナスタシアは───


「(自覚ないところが、先生らしいというかなんというか。ほんと、先生も変わったなぁ……)?」


 柔らかい、主人公にしか見せなかったであろう、熱っぽい瞳を悪徳教師あくやくへと向けたのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次話は12時過ぎに更新!


面白い!続きが気になる!

そう思っていただけた方は、是非とも星やフォロー、応援やコメントをお願いします!🙇💦

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る