第3話 悲しい事
ピンポーン……。
「ハ~イ」ガチャリ!
「こんにちは、由奈さん。よろしくお願いいたします」ペコリ。
「あ!」と由奈さん……。
「今日の毛先、クルクルして可愛いね!」
(わ――――! 気づいて下さった、由奈さん! 嬉しすぎるよ~)
「あ、ありがとうございます!」
「あ、入って下さい。今日のお掃除は掃除機掛けをメインでお願いします、名帆ちゃん」
「ハイ!」
「……どうやって、そんな風にするの? 髪の毛……? パーマをかけたのかな」
「いえ、由奈さん。これはヘアアイロンですよ~。今度由奈さんの髪の毛もクルンクルンにしちゃいましょうか? キャハ」
「え――! 僕はやだよ~!」
二人で大いに笑い合っている。
(あれ? 今日は由奈さんパソコンに向かわないのね……)
廊下から掃除機をかけ始めた名帆は由奈さんを見ていた。
カーテンをあけ放った窓から外を眺めている。
ここは遮るものがなく、大きな公園の森が良く見える。
掃除機の大きな音がするし、名帆は掃除機を手にしあちこち移動するので、おしゃべりは出来ないが、そのときすご~く由奈さんとしゃべりたいな、今なにを感じているんですか……と訊きたいな、そう想った。
キッチン含め全部屋のお掃除機掛けが終わった。掃除機を片付けているとき、由奈さんが話しかけてきた。
「名帆ちゃん」
「はい」
「僕ね、植物が凄く好きなんですよ。もちろん大きな木も、そして花も、森も、草花もだよ」
「あ! わたしも、大好きですよ、お花……」
今は数鉢のサボテンを育てている名帆だ。先日なんと、その内の1つの子が花を咲かせ喜んでいたところだった。
「サボテンもですか?」
「うん、好きだよ! 可愛いよね」
「はい」と名帆はサボテンのお花の話を由奈さんにして聞かせた。
「すごいじゃない!」と言ってくれた。
調理もしなくっちゃ。
「由奈さん、お食事は何にいたしましょう?」
「ああ、肉じゃがをお願いします」
(うん! またまた腕が鳴る! あたしの得意料理だわ!)
コトコトコトコト……。煮崩れしないように控えめコトコト。ハイ火を止めてっと。
今日は調理の後片付けをしても何十分か時間に余裕がある。
「由奈さん、なんでも仰られて下さい、気になること。お手伝いいたします」と名帆。
「はい、では今日も美味しいコーヒーを淹れてくださいな」
「オッケーです!」
「いつもわがまま言ってるみたいだけど、良かったら名帆ちゃんも飲んでくださいね」
「ありがとうございます。わがままなんかじゃありませんよ。わたし、コーヒー依存なぐらいコーヒーが大好きなのです!」
「僕も!」
(なんだか今日はゆったりと、静かな時間が流れる。美味しいコーヒーだな~。自画自賛してるんじゃなくって、ステキなひとと戴くコーヒーってしあわせの味がする)
「ごちそうさまでした、由奈さん」
「いえ、こちらこそ。最高のコーヒーをありがとね! 名帆ちゃん」
カップを洗い、時間が来たのでおいとまする。
「ありがとうございました。では失礼いたします、由奈さん」
「ありがとう、名帆ちゃん。帰り気を付けてね!」
「はい!」
もう、もう頭の中は、ハートの奥は花盛りの名帆。そんな名帆のスマホが鳴った。
武だ。
「武? お疲れ様」時刻は夜7時。
「うん、名帆……。今からそっち行っても良い?」
(え――――)
正直言って、名帆は……王子様のような由奈さんにひたっていたかった。でも、そんなの断る理由になんないしなーと思い「いいよ」と返した。
40分ぐらいすると武がやって来た。
「武、お疲れ様。上がってよ」
「うん」
なんだかくたびれている武。
「武? 大丈夫……? 顔色良くないよ」
ガバッ!(え!? ええ!)
「ちょ! ちょっとぉ! 辞めてよ! 武っ」
普段穏やかな武が酷く乱暴に名帆を求めて来たのだ。
名帆は気分じゃないと感じ拒否をした。けれど、力が敵わない。
(噓でしょ? 信じたくない。いつもあたしを大事にしてくれる武が、どうして?!)
しかし、心で拒絶しても体は反応してしまう。それは至極ナチュラルなことで、何も自分自身を恥じるようなことではない。人間の体の構造上そうなのだ。
乱暴をされたときに『感じてしまった自分』などと自身を責めるのはナンセンスだ。
武の乱暴な行為が終わった。
「……こんなの酷いわよ?! いったいどうしたのよ? 武、武らしくないじゃん!」
「俺さ、教員に向いてないのかな……。不登校の子もクラスに居るんだけどね、なんか、俺はずる休みしたいよ! 学校なんて!」
アルコールじゃないほうが良い。今の武には。そう感じた。
さっぱりとする麦茶をグラスに注ぎ、武にすすめた。
「ありがと、名帆」
「武? 何があったかこれからゆっくり聞くけれど、あなたがさっきあたしにしたことは絶対にいけないわ。分かってるわよね?」
「ああ、すまない。名帆……ごめんな……さい」武が泣き始めた。
「この間ね、武……生徒の子が授業中にメイクするって言ってたよね。それ以外にも何かあったの?」
「……特に、無い」
「そっか~」
「名帆……名帆さ、俺のこと嫌いなの?」
「な、なによ突然。そんなわけないじゃん。でも、さっきのような真似は赦さないわ」
「嫌いになった?」
「いいえ。嫌いではないわ」
「じゃあ、愛しても無いのか?」
「……。いったいなんなの?!」
「自分でもわかんないよ。今日、泊まっても良い?」
名帆は即答した。
「嫌です」
「なんで?」
「さっきの今よ?! あたし、怒ってる。今日は帰って下さい」
武は麦茶を1杯だけ飲み、帰って行った。
名帆は、武に乱暴をされ強烈な悲しみを感じた。それと……由奈さんに惹かれていっている自分自身を思い、この上ない罪悪感に駆られた。
その日から、名帆と武の間に冬でもないのに木枯らしのようなものが吹き抜け始めた。でも二人は恋人同士。
複雑な想いを抱えながらも、名帆はやはり、由奈さんのサービスに入ると嬉しい。顔が見たい。由奈さんの声を聴くと、同じ空間に居ると……落ち着く。
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