第5話 王様は静かで、要求は多い

 王城の謁見の間は、思ったより静かだった。


 天井は高く、柱は白く、装飾は控えめ。

 豪華だが、威圧するための空間ではない。


(役所の延長、って感じだな)


 リードの率直な感想だった。


「緊張していますか」


 隣を歩くミリアが、小声で聞いてくる。


「いえ」


「では、なぜ肩が強張っているのですか」


「緊張してないからこそ、逃げ場がないなって」


 ミリアは一瞬だけ口元を緩めた。


「それは、正しい認識です」


---


 玉座の前で、足が止まる。


「頭を下げなくてよい」


 穏やかな声が響いた。


 玉座に座るのは、壮年の男。

 派手さはないが、目だけが異様に澄んでいる。


「私はエドヴァル三世。

 アルセリオ王国の王だ」


 リードは、ゆっくりと頭を下げた。


「平民の身で恐れ入ります。リード・ハウゼンと申します」


「畑は、順調か」


 最初の言葉が、それだった。


「……はい?」


 思わず聞き返してしまう。


「報告にあった。

 君は畑仕事を何より大事にしているそうだ」


 リードは、少しだけ力を抜いた。


「はい。俺にできること、それくらいなので」


「できることが、それだけ?」


 王は、笑った。


 嘲笑ではない。

 面白がるような、柔らかい笑みだった。


「――では本題に入ろう」


 空気が変わる。


「君の力は、国にとって大きすぎる」


 否定できない事実。


「放置すれば、いずれ誰かが利用しようとする。

 我が国でなくとも、だ」


 リードは黙って聞く。


「だから私は、君を国の管理下に置きたい」


 ミリアとガルドが、黙って見守る。


「だが」


 王は、そこで言葉を切った。


「君を鎖で縛る気はない」


 リードは、ゆっくり顔を上げた。


「条件を、聞かせてほしい」


---


 しばらくの沈黙。


 リードは、頭の中で考えを整理した。


 ここで強く出るのは、違う。

 だが、何も言わなければ、全部決められる。


「……三つ、あります」


「ほう」


「一つ。

 戦争には、出ません」


 即答だった。


 王は、驚いた様子もなく頷く。


「妥当だ」


 ミリアが、内心で安堵したのが分かった。


「二つ。

 住む場所は、自分で選びます」


「王都ではなく?」


「畑がある場所で」


 王は、少し考えた後、笑った。


「君らしい」


「三つ目」


 リードは、少しだけ言いづらそうに続ける。


「……畑仕事の時間を、奪わないでください」


 沈黙。


 ガルドが、咳払いをした。


「……それでいいのか」


「はい」


 リードは真っ直ぐ答えた。


「それがないと、俺、たぶん無理です」


 王は、しばらくリードを見つめていた。


 その目は、試すようでもあり、量るようでもあった。


 そして――深く、頷いた。


「よい」


 即断だった。


「代わりに、こちらの条件だ」


 空気が引き締まる。


「国からの要請には、可能な限り応じること」


「……可能な限り、ですか」


「畑を理由に断ることも、認めよう」


 リードは思わず目を見開いた。


「本当ですか」


「ただし」


 王は、指を一本立てる。


「国が滅びる危機の場合は、例外だ」


「……それは、さすがに」


 納得するしかない。


「そして、定期的な報告義務」


「書類ですか」


「書類だ」


 ミリアが小さく頷いた。


「……分かりました」


 リードは、深く息を吸う。


「それで、畑に帰れるなら」


 王は、満足そうに笑った。


「契約成立だ」


 謁見の間を出た後。


 リードは、どっと疲れが出た。


「……終わりました?」


「はい」


 ミリアは、珍しく柔らかい声で言った。


「正式に、あなたは――」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「王国非戦闘協力者です」


「長いですね」


「略称は、まだ決まっていません」


「決めなくていいです」


 ガルドが肩を叩く。


「よくやった」


「……畑に、帰れますよね」


「ああ」


「良かった……」


 その言葉は、心からだった。


 だが、リードは知らない。


 この契約が、

 彼のスローライフを完全には許さないことを。


 それでも。


 彼は、今日も畑を思いながら、歩き出した。



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