第4話 仕方なく動いた結果が、いつも通りじゃなかった件

 事件は、静かに始まった。


 王都セレファーンから馬車で半日ほどの距離にある、農村地帯。

 そこから届いた一通の報告書が、魔力管理局の机に置かれた。


「用水路が止まった……?」


 ミリアは眉をひそめる。


 原因は、地中に発生した魔力の歪み。

 水の流れをせき止め、周辺の畑が干上がり始めているという。


「規模は小さい。だが、放置はできない」


 報告を読んだガルドが言った。


「通常なら、魔法技師団の仕事ですね」


 ミリアが答える。


「だが、復旧に三日はかかる」


「三日、ですか」


 ミリアは書類を閉じ、少し考えた。


 そして――嫌な予感を覚えながら、口を開く。


「……リードを、同行させます」


---


「……俺、関係あります?」


 そう言ったリードの声には、切実な疑問が込められていた。


「あります」


 ミリアは即答する。


「ありませんよね?」


「あります」


 食い下がっても、結果は同じだった。


「これは実地観察です」


「畑、関係あります?」


「あります」


 何がどう関係するのか、説明はなかった。


 リードは諦めて、馬車に乗り込んだ。


(今日、水やりできないな……)


---


 現場は、確かに大したことはなかった。


 用水路の一部が歪み、岩がせり出して水を塞いでいる。

 周囲の魔力が乱れ、技師たちが近づけずにいる。


「小規模、ですね」


 リードの感想に、技師の一人が苦い顔をする。


「近づくと魔力が暴れるんです。

 無理に触れば、負傷者が出ます」


 ガルドが腕を組む。


「……どうする?」


 その問いは、ミリアではなくリードに向けられていた。


 リードは用水路を見つめ、しばらく考える。


(魔力の歪み……流れを整えればいいだけ、だよな)


「……ちょっと触ってみます」


「待て」


 ガルドが止めた。


「危険だ」


「たぶん、大丈夫です」


「その“たぶん”が信用ならない」


 正論だった。


 だが、ここで代案はない。


「……手短に済ませます」


 リードは用水路に近づいた。


 技師たちが息を呑む。


「魔法を使うなら、申告を!」


「え? あ、はい」


 リードは、ほんの少しだけ魔力を流した。


 ――それだけだった。


 歪んでいた地面が、音もなく元に戻る。

 岩は自然に沈み、水が流れ出す。


 魔力の乱れは、最初からなかったかのように消えた。


「……終わりました」


 リードが振り返る。


 誰も、何も言わない。


 用水路は、完璧に復旧していた。


「……被害、ゼロ?」


 技師の一人が呟く。


「魔力残留、なし……?」


 別の技師が膝をつく。


 ガルドは、深く息を吐いた。


「……ああ、これは」


 ミリアは、頭を抱えた。


「最悪ですね」


「悪い意味で、か?」


「はい」


 リードは困惑した。


「……すみません、やりすぎました?」


「いいえ」


 ミリアは即答する。


「やりすぎていません」


 それが、問題だった。


 帰路の馬車。


 リードは窓の外を眺めていた。


「これで、もう大丈夫ですよね」


「ええ」


 ミリアは頷く。


「この件は、完璧に解決しました」


 そして、続ける。


「報告書には、“被害ゼロ・即時復旧・再発の恐れなし”と書きます」


「良かった」


「ですが――」


 嫌な間が空いた。


「あなたが“危険ではない”証明には、なりません」


「え?」


「むしろ逆です」


 ミリアは、真っ直ぐにリードを見た。


「制御されていない力ほど、国は恐れます」


 リードは言葉を失った。


「……畑耕すだけなんですけど」


「それが、この結果です」


 馬車が揺れる。


 ガルドが、低い声で言った。


「覚悟はしておけ」


「何のですか」


「国の本気だ」


 リードは、そっと目を閉じた。


(スローライフ、遠のいてるな……)


 だが、それでも。


 彼はまだ、諦めていなかった。




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