第2話 王国からの招待(という名の強制)

 その日から、村の空気は少しだけ変わった。


 誰かが声を潜め、誰かが遠慮がちに距離を取る。

 露骨ではないが、確かにある。


 リードは畑に出ながら、それを肌で感じていた。


(……気にしすぎ、だと思いたい)


 だが、畑仕事に集中していても、視線は背中に刺さる。

 村人たちに悪意はない。

 むしろ逆だ。


「リード、大丈夫か?」


 昼前、村長のバルドが声をかけてきた。


「大丈夫ですよ。畑も、いつも通りです」


 そう答えると、バルドは複雑な顔をした。


「いやな……あの役人たち、王都に戻ってすぐ報告を上げたらしい」


「……でしょうね」


 否定はしなかった。


「王国から使いが来る。たぶん、近いうちに」


 その言葉を聞いた瞬間、リードの頭に浮かんだのは一つだけだった。


(引っ越そうかな)


 だが、現実的ではない。

 畑も家もここにある。

 何より、逃げるほどのことはしていない――はずだ。


「村としては、お前を守る」


 バルドはそう言った。

 ありがたい言葉だが、正直に言えば心許ない。


「ありがとうございます。でも……」


 リードは空を見上げた。


「国って、強いですよね」


 バルドは苦笑した。


---


 三日後。


 朝の畑に、異音が響いた。


 馬の蹄(ひづめ)の音。

 それも一頭や二頭ではない。


 リードが顔を上げると、村道の先に隊列が見えた。

 旗を掲げ、鎧を着た兵士たち。


(……来たな)


 逃げる気は、もうなかった。


---


 村の入口で、隊列は止まった。


 先頭から一人の女性が降り立つ。


 年の頃は二十代後半。

 きっちりと整えられた服装、無駄のない動き。

 目は鋭く、しかし冷静だった。


「王国監査官、ミリア・フェルゼンです」


 その声は、よく通った。


「リード・ハウゼン氏に、王都への同行を要請します」


 要請、という言葉を使ってはいるが、

 背後の兵士たちが、それを拒否できないものにしている。


 リードは一歩前に出た。


「理由を、聞いてもいいですか」


 ミリアは一瞬だけ、間を置いた。


「魔力測定器を三台、破壊した人物は前例がありません」


「一台だけです」


「予備を含めて三台です」


「……すみません」


 そこは素直に謝った。


 ミリアは頷き、続ける。


「あなたの魔力は計測不能。

 これは国家安全上、確認が必要な事案です」


 村人たちがざわめく。


「確認、というのは」


「再測定。状況の把握。危険性の評価」


 淡々とした説明だった。


「危険、ですか」


 リードは苦笑した。


「畑しか耕してませんけど」


「意図と結果は別です」


 きっぱりと言い切られる。


 ミリアは書類を取り出し、読み上げた。


「拒否権はありません。

 ただし、抵抗しない場合、待遇は保証します」


 それは、交渉ではなかった。


 リードは村を振り返る。

 バルドが小さく頷いた。


(……仕方ない)


「分かりました。同行します」


 そう言うと、ミリアの表情がわずかに緩んだ。


「ご協力、感謝します」


 その裏で、兵士たちが一斉に息を抜いたのを、リードは見逃さなかった。


(そんなに警戒されること、したかな……)


---


 馬車は、想像以上に快適だった。


 揺れは少なく、座席も柔らかい。


(これ、俺一人のためか?)


 向かいに座るミリアは、書類に目を落としている。


「……あの」


 リードが声をかけると、彼女は顔を上げた。


「何か?」


「逃げたりしませんよ」


「承知しています」


 即答だった。


「では、なぜ」


「逃げられた場合、追う手間が増えます」


「合理的ですね」


「仕事ですから」


 会話はそれで終わった。


 しばらく沈黙が続く。


 馬車の外を流れる景色を見ながら、リードは考える。


(王都か……)


 静かな畑とは、正反対の場所だ。


 リードは、胸の奥で小さくため息をついた。


「……畑、どうしよう」


 その呟きに、ミリアは首を傾げた。


「何か問題が?」


「水やりを三日空けると、作物が拗ねるんです」


「……拗ねる?」


「成長が遅くなるんですよ」


 ミリアは、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。


「……可能な限り、早く帰還できるよう調整します」


 それは、彼女なりの譲歩だった。


 リードは少しだけ、救われた気がした。


 こうして、

 平民リードの静かな生活は、

 王国という大きな歯車に、ゆっくりと噛み合っていく。


 本人の意思とは、あまり関係なく。




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