平穏を願う魔力使い リードの異世界スローライフ

塩塚 和人

第1話 静かな畑と壊れた測定器

 朝の畑は、いつも正直だ。

 土は踏めば音を返し、空は雲の量で一日の機嫌を教えてくれる。


 リードは鍬(くわ)を肩に担ぎながら、畑の端に立って空を見上げた。


「今日は……雨は降らなさそうだな」


 独り言は風に流れて消える。

 誰かに聞かれる前提で言葉を選ぶ必要がないのが、朝の好きなところだった。


 モルナ村は小さな農村だ。

 特別な名産もなければ、街道の要所でもない。

 だからこそ、静かだった。


 リードはその静けさを気に入っている。


 鍬を振り下ろす。

 土が柔らかく割れ、昨日より少しだけ深く耕せたのが分かる。


(この畑、来年は豆にしようかな)


 そんなことを考えながら、淡々と作業を続ける。

 汗はかくが、嫌ではない。

 体を動かすと、余計なことを考えずに済む。


 ――余計なこと。

 たとえば、魔法のことだ。


 リードは魔法が使える。

 それも、村の誰よりも、たぶん王都の魔法使いよりも。


 だが、それを使う理由がなかった。


 畑を耕すのに魔法はいらない。

 水は井戸があるし、火はかまどで足りる。

 魔法を使えば楽になるのは分かっているが、楽をすると目立つ。


 目立つと、面倒が増える。


「……よし」


 一通り畑を見回して、リードは満足そうに頷いた。

 今日の仕事は、ここまで。


 家に戻ろうとした、そのときだった。


「おーい! リード!」


 聞き慣れた声が、村の入口から響いた。


 振り返ると、村長のバルドがこちらへ手を振っている。

 その隣には、見慣れない人物が二人。


 どちらも旅装ではない。

 揃いの服、腰に下げた革袋、そして胸元の紋章。


(……役所の人間だ)


 リードは小さくため息をついた。


---


 村の広場には、簡易的な机が置かれていた。

 その上には、ガラスと金属でできた奇妙な道具。


「魔力測定器だ」


 そう説明したのは、細身の男だった。

 年齢は三十前後だろうか。

 声は事務的で、感情の起伏が感じられない。


「王国より、定期巡回に参りました。全村民の魔力量を測定します」


 村人たちはざわついた。

 魔力測定自体は珍しくない。

 だが、こんな辺境の村に来ることは滅多にない。


「いつも通り、順番にお願いします。危険はありません」


 男の言葉に促され、村人たちは一人ずつ測定器に手をかざしていく。


「問題なし」

「平均的ですね」

「少し高めですが、許容範囲です」


 淡々と進む測定。

 測定器の針が、一定の範囲で揺れるだけ。


 リードは列の後ろで、それを眺めていた。


(帰りたい)


 正直な感想だった。


 だが、順番は回ってくる。


「次の方」


 呼ばれてしまった。


 リードは観念して前に出る。


「名前を」


「……リードです」


「職業」


「農民です」


 男は頷き、測定器を指さした。


「こちらに手を」


 リードは、そっと手をかざす。


 その瞬間。


 ――パキン。


 乾いた音がした。


 針が、ありえない速度で跳ね上がり、

 次の瞬間、ガラスがひび割れた。


「え?」


 男が声を上げるより早く、測定器は白い煙を上げて沈黙した。


 広場が静まり返る。


 誰も、何も言わない。


 リードは、壊れた測定器と自分の手を見比べた。


「……あの」


 恐る恐る声を出す。


「これ、俺が悪いんでしょうか」


 男は答えなかった。

 隣にいたもう一人――年配の職員が、震える声で呟く。


「計測……不能……?」


 その言葉が、妙に大きく響いた。


 村人たちの視線が、一斉にリードへ向けられる。


(ああ……やってしまった)


 リードは心の中で頭を抱えた。


 静かな畑。

 変わらない毎日。

 それらが、音を立てて崩れていく予感がした。


 男は深く息を吸い、リードを見つめた。


「……本日の測定は、ここまでにします」


 そして、続ける。


「後日、改めて王国より正式な連絡が行くでしょう」


 その言葉に、リードは確信した。


(放っておいて、くれないよな……)


 壊れた測定器は、朝の光を反射して、ひび割れたまま沈黙していた。


 ――リードの静かな生活も、同じように。



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