第10話 エピローグ

やっと仕事が終わった。

今日はスーパーの特売日だから、帰りに寄って帰ろう。

今日は何を食べようか。

車を走らせながら考えてみたが、何も思い浮かばない。

子供達がいた時は、「今日は何を作ろうか」と頭を悩ませていた。

でも今は毎日殆ど同じ食事だ。

自分のためだけの食事は最早作業と変わらないのかもしれない。

割高だと思っていた宅食サービスが、高齢世帯を中心に人気な理由が分かってきた気がする。


スーパーの自動ドアが開くと、何十年も聞いてきた特売日の音楽が耳に入る。

いつからだったか、途中で数音だけ音が外れるようになった。

新鮮な食材が並んでいるが、客は自分と同じ年齢の方ばかり。

スーパーのレジ打ちの方、もう何十年も変わらないな。


家の玄関に回覧板が置いてあった。

毎回回覧板を持ってきてくれていた子も、進学を機に、街を出て行ったらしい。

あの子のために買っていたお菓子、もう買わなくていいか。

最後に持ってきた時、照れ臭そうな顔をしていたな。

子供のつもりで昔と同じお菓子をあげていたけど、そうだよね。

もう大きくなっていたんだ。


向い2軒が取り壊され、遠くの山がよく見えるようになった。

遠くの方で、解体工事の音が聞こえる。

人の声、鳥のさえずり、虫の羽音はそこには無い。


郵便受けに入っているのは「解体工事による騒音について」の紙ばかり。


見晴らしの良くなった窓から、夕陽が沈む様子が見えた。

また今日も、ひとりの一日が終わろうとしていた。

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あの日を買いに、市役所へ ―認知症となった妻の脳内に潜り、再び一緒に生活を始めた男― 鏡聖 @kmt_epmj8t-5

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