第2話 直径1マイル生卵の出会い

 私のマンションの近くにタキオンという洋食レストランがある。

 いわゆる1マイルの距離だ。直径1.6キロメートルが私の行動範囲である。そこから出るのは仕事か香織に誘われるかのどちらかである。

 そのタキオンという洋食レストランは私の行動範囲ぎりがりのところにある。

 行動範囲内にあるので、仕事帰りによく立ち寄るのだ。

 仕事帰りに夕食の用意をするのは億劫以外の何者でもない。

 それにしても洋食と光速よりも移動速度の速い仮想的粒子がどのような関係があるかは謎だ。


 午後七時少し前にタキオンに入るとそこそこ混んでいた。

 お一人様の私は当然のようにカウンター席に案内される。

 一つ離れた席で作業服の男性がメニュー表を見ていた。

 その男性はチキンカレー大盛りを注文した。

「生卵ってつけてもらえますか?」

 作業服の男性はウェイターのおばさんに尋ねる。

 このおばさんはタキオンの店長の奥さんだ。

「プラス五十円になりますよ」

 おばさんはそう言った。

「じゃあそれで」

 作業服の男性がそう言うとはいよとおばさんは答えて、厨房にオーダーを通す。


 このタキオンに通い初めて三年になるが、生卵をトッピングできるのは初めて知った。

 世の中知っているようで知らないことばかりだ。

 次におばさんが私にオーダーを聞きに来る。

「じゃあチキンカレー並みでトッピング生卵でお願いします」

 私がそう頼むとおばさんははいよと調子よく答えて厨房にオーダーを告げた。

 程なくしてチキンカレーと生卵が乗る小皿が運ばれてくる。

 それらが私の前におかれる。

 カレーのスパイスの香りが食慾をそそる。

 私は机の上でこんこんと生卵を割り、チキンカレーの上に割り入れる。

 ふと隣を見ると作業服の男性が片手で生卵を割り入れていた。

 素直に器用だなと思った。

「器用ですね」

 私は思わず言っていた。

 普段は初対面の人に話かけることなどありえないが、つい言ってしまった。

 それもこれも香織がカレーに生卵をトッピングするのは有りかという話題をしたからだ。

 ちょっとカレーに生卵をトッピングするのにはまってしまい、器用に割り入れる彼に声をかけてしまった。

「ええまあ、自炊もするんで」

 作業服の男は生卵の殻を小皿に置く。

 私も自炊はたまにするが、生卵を片手でわることはできない。

 不覚にもこの作業服の男性をかっこいいと思ってしまった。

「カレーには生卵ですよね」

 作業服の男ははにかみながから、カレーと生卵を混ぜる。

「そうですね」

 私はそう言い、カレーの上の生卵を混ぜる。

 やはりカレーの辛さと生卵の黄身が混じりマイルドになる味わいはたまらない。

 私は白身がどゅるどゅるなにるのは気にらなくなっていた。


 この日から時々、その作業服の男とタキオンで会う事があった。彼もこの店の常連だとのことだ。

 実はずっと前に店で会っていたと思うがカレーに生卵をトッピングする事によって、私たちは出会った。

 そして驚くべきことに付き合うことになったのだ。

 これに関しては香織がカレーに生卵をトッピングするのは有りか無しかという話題を振ってくれたことに感謝する。

 その話題がなければ私は彼氏に話しかけることはなかっからだ。

 良くて店でよく見かける人で終わっていた。

 そうしてその彼氏と付き合い、一年が過ぎて私たちは結婚した。

 香織にはまさかあんたに先をこされるとは思わなかったと愚痴られた。

 深夜まで酒につき合わされた。

 どうやらモテるのと結婚できるとはまた違うようだ。

 ちなみにその彼氏の名前は多摩川仁司たまがわひとしと言った。

 結婚して私は多摩川沙都子になった。

 結婚してからも香織には、多摩川沙都子なので多摩子すなわち玉子だと呼ばれた。

 

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カレーに生卵をトッピングするのは有りか無しか 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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