第27話
俺が今日告白すると決意した理由。
それは…………なんかいけそうな気がするからだ。
「おいしい」
「こりゃ街で食うやつとは別物だな。コクがすごい」
建物に着くと、真っ先にソフトクリームののぼりが立っているところへ突撃。
ついなはシンプルな真っ白のプレーン。俺は茶色と白のチョコミックスを購入した。
一口食べて、これは確かに遠くまで来る価値があると唸っていると、ついながじっと俺の手元を見ていることに気付いた。
「……一口いるか?」
「うん。一口交換」
……やっぱこれ、絶対成功するだろ。こんなずっとイチャイチャしていて断られることがあってたまるか。
これまでもずっと自惚れないように、己を過信しないようにと強く律して気付かないフリをし続けていたが……さすがにもう無視できなくなってきた。ついなが俺のことを好きだと示す兆候があまりにも多すぎる。
元々今日の朝まではもう少しデートを重ねて、より仲が深まってからと考えていた。だが俺にはもう、付き合う前という段階でこれ以上親密になるビジョンが思い浮かばない。ここが上限だ。
ならば先延ばしにする意味も無い。今日で決める。
そしてここで大事なのが、告白云々を一旦忘れることだ。俺が告白を意識して終始気もそぞろになっては、ついながデートを楽しめなくなってしまうだろう。まずは今日という日をしっかり満喫し、然るべき頃合いで思い出せばいい。
「ついな、体験系は大体予約がいるらしいぞ」
「……え」
「練り切り作り体験は飛び込みでいけるけど、それでいいか?」
「練り切り……」
そうして牧場のふれあい広場やソフトクリーム二回目、レジャー施設のちょっとしたアトラクション、和菓子屋の練り切り作り体験と存分に楽しみ、日も暮れかかってきたので電車に乗って帰る。
最近は日が沈むのが早くなり、冬の気配が近付いてきたことを感じるようになってきた。暑がりの俺にとって最も快適に過ごせる季節だ。
「……」
「……」
ずっとテンションが高かったついなも、さすがに今では元気がなくなっている。朝から夜までずっと歩き回っていればこうなるのも無理は無い。そして俺の自惚れでなければ、じゃあそろそろ帰るか、となった瞬間から急激に落ち込んでしまったように見える。
溜まった疲れと、楽しい一日が終わってしまう寂しさのダブルパンチでノックアウトだ。
一方俺はというと、告白のタイミングを完全に逸したことで呆然自失となっていた。
昼の内に良い感じの場所を見つけ、暗くなってきた頃に何とかここに上手く誘導して告白を、などと考えていたのだが……うっかり最後の練り切り作り体験に熱中してしまったのがよくなかった。
和菓子屋を出た時点で日が沈みかかっていたので「なるべく早くついなを家に帰してあげないと」などと考えてそのまま駅の方へ向かってしまい、途中で思い出したものの引き返すわけにもいかず、そのまま電車に乗ってしまったという流れだ。
ここまで予定が狂ってしまっては、もう今日のところは一旦諦めておいた方が無難だろうか……?
「本当に忘れてどうするんだ……」
「……んー? しんじ、何か言った?」
お疲れのついなはおねむのようで、うつらうつらとしている。
「いや、何も。着いたら起こすから寝てていいぞ」
「うん……」
無理せず寝るように促すと、こてんと俺の肩に頭を乗せてきた。
牧場のお土産と、頑張って作った練り切りの包みをしっかり抱えながら、完全に寝入ってしまったようだ。
「……」
駄目だ、可愛すぎる。やっぱり今日だ。もう計画は見る影も無いほどグチャグチャだが、それでも今日だ。
帰りはついなを送っていくのだし、その道中のどこか良い感じの場所を見つけて、そこで決行するしかない。
さすがについなが眠気でふにゃふにゃのままだったら延期だが、電車で一眠りすれば少しは元気を取り戻して意識もはっきりするはず。
そうしてあっという間に暗くなっていく車窓の外を眺めながら、刻一刻と迫る決戦に向けて意識を集中させ戦意を高めていく。
やがて一時間近く経って電車を降りる際に、ついなの意識がしっかりしていることを確認。決行は確定だ。
あとは自転車でついなの家に向かいがてら、どこか良い感じの……良い感じの……良い感じの……。
「ついた」
「……そうか」
マンション住まいだとは聞いていたが、ここだったか。二十階建てぐらいのそこそこ大きいマンションだ。
このぐらいの規模のマンションになると敷地はかなり広く取られていて、レンガを敷いてしっかり剪定された植木に囲まれた良い感じの場所もある。程よく明かりもあることだし、告白のロケーションとしては、まあ……ギリギリ及第点だ。
……いや、やっぱりちょっと駄目な気がしないでもないが、もうここしかないんだ。ここを逃すとついなは家に帰ってしまう。
「ついな、帰る前にちょっといいか?」
「んー? どうしたの」
「その……大事な話があってな」
「っ、大事な、話……」
荷物を近くのベンチに置いて、ついなと真正面から向き合う。
場所はちょっと微妙だが、デートの帰りに大事な話となればさすがについなも話の内容を察したようだ。緊張した面持ちで息を呑んでいる。
さあ、もう後戻りはできないぞ。えーと、何て言おうか……考えてはいたが、結局まとまらなかったんだよな……。
「……しんじ?」
しまった、ついなを待たせてしまっている。もう考えている時間は無い。ここは真っ直ぐ、ありのままで勝負だ。
「ついな。俺はな、俺とついなの関係を……。この偽の恋人という関係は、今日限りにしたいんだ」
「…………え?」
「これからは本当の……あれ? ついな?」
なんかついながフラフラしている。そのままだと倒れそうだったので、慌てて肩を抱き留めて支えた。
「や、やだ……」
「やだ? 嫌ってことなのか?」
「うん。絶対いや」
ぜ、絶対……。そんなにはっきり断られるとは……。
俺も意識がクラクラしてきた。ここまでは告白のために気を張っていたが、疲れは確実に溜まっているのだ。
「そうか……。じゃあ仕方ないな……」
思わず力が抜けて、その場に尻もちをつく。俺という支えを失ったついなも隣にぺたんと座ることになった。
「絶対、絶対にいや」
ついなは俺にぎゅっとしがみつき、絶対嫌だとうわ言のように繰り返している。
そんなに連呼しなくても十分伝わったから、もう俺のことは放っておいて家に帰って………………あれ、なんかおかしいぞ。
ついなは俺の胸に顔を埋めて、ぎゅっと服を掴んでしがみついているが……これが絶対に嫌な相手にすることか?
「ちょっと待て、一旦落ち着こう」
これはあれだ、またボタンを掛け違えているやつだ。頭がクラクラしているが、どこがどう間違ったのかちゃんと思い出して…………ああっ、また最初だ。
俺はまだ、告白をしていない。
「ついな、話を最後まで聞いてくれ」
俺にしがみつくついなの両肩を持ち、グッと押して離れさせる。これはしっかり顔を見て言いたい。
「やだっ、聞きたくない」
ついなは目に涙を浮かべて、全てを拒むかのように首を振っている。
すまんついな、それ多分勘違いだと思う……。
「俺はな、ついなのことが好きなんだ」
「そんなの、聞きたく………………」
涙を流し、悲しそうな表情のままついなが固まった。理解が追いついていないらしい。
「だから嘘の恋人じゃなくて、本当の恋人になりたい…………という話なんだけども……」
ついなはまだ固まったままだ。だがこれで俺の言うべきことは全て言ったはず。
そのまましばらく待っていると、やがて事態を飲み込んだらしいついながぽつりと呟いた。
「……しんじ」
「あ、ああ。なんだ」
「言い方が紛らわしい」
ついなは唇を尖らせて怒っている。だがこれには俺も反論せざるを得ない。
「いや、早とちりしたついなにも非があるはずだ。俺の一世一代の告白だったのに、まさか途中で話を聞かなくなるとは思いもしなかった」
「ちがう、しんじが悪い。最初に好きって言うべきだった」
「む、それはそうか。いやでも……」
「しんじ」
「ん?」
「わたしもすき」
間近で真っ直ぐ目を見て「すき」と言われてしまった。
マンションの敷地の一角で、二人とも地べたに尻もちをつきながらという悲惨な有様ではあるが……嬉しさで胸が張り裂けそうだ。
「じゃあ明日から……いや、今から本当の彼氏彼女だ」
「うん。付き合ってるフリはもう終わり」
「そ、そうだな」
多分付き合ってるフリなんか全然していなかったと思う。一緒にいたいからずっと一緒にいただけだ。
「ついな。本当はまだ色々話したいことがあるし、正直言うと離れたくもないけど……さすがにもう解散だな」
「はっ。そろそろ帰らないと怒られる」
せめてあと一時間ぐらい、と思わなくもないが、お互い体力的にもそろそろ厳しい。すっかり夜遅くになったし、本当の恋人生活は明日からスタートということで我慢しよう。
立ち上がって埃を払い、お土産をしっかり持ってマンションの入り口に向かうついなを見送る。
ついなは入り口に入る間際に、振り返って手を振ってきた。うーん、あの可愛い子が俺の彼女とは。
「――、――」
ついながぽつりと何かを呟き、今度こそマンションの中に入っていった。
さあ、とても面倒ではあるが俺も帰るとしよう。
……しかしさっきついなは「作戦、成功」と呟いた気がしたが、何の作戦だったんだろうか。
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