第26話
いつもは大勢の人で賑わう駅前だが、今は日曜日の朝八時前。さすがに早すぎる時間だけあってか、人通りもまばらだった。
そんな中、俺はこの駅の待ち合わせスポットとして定番の時計台の前に立ち、ついなが到着するのを今や遅しと待ちわびている。
視線を素早く左右に巡らせ、近付くついなを早期発見することで不意を突かれないようにする構えだ。
――むむっ、あのひと際輝く可愛いオーラは……!? あ、でも髪型が違うな……そろそろ着く頃なはずなんだが……ん? やっぱりあれはついななのでは……? でも髪型が違う……でもそれ以外はついなのような……あっ、ついなだ。いつもと髪型が違うついなだ……!
「あっ、いた。おはよー」
「おっ、おお。おはよう」
初めて見るついなの私服は、秋らしく全体的に落ち着いた色合いの……何て言うんだこれ。とにかく下は長めの少しひらひらしたスカートで、上はこれまたひらひらしつつゆったりした……服だ。だがひらひらしてる割にはあまり少女感がないシックな服装で、それなのにしっかり可愛らしい印象を受けた。
しかし今は楽しみにしていた私服よりも、髪型が気になって仕方ない。ポニーテールだ。
普段学校では割と雑に下ろしている髪を、後ろでキュッと縛っている。なんだあれ、後ろから引っ張っていいんだろうか。
俺は別にポニーテールが好きというわけではないんだが、いつもは髪で隠れている耳や首の辺りが惜しげも無くさらけ出され、輪郭や頭の形がわかるこの感じはとても良い。
というかついなが……おめかしをしている。この事実に胸が張り裂けそうだった。
「……っ」
ん? なんだ? ついなが珍しく恥ずかしそうにもじもじしている。顔を逸らし、ちらちらと上目遣いでこっちを見て……あ、俺にガン見されてるからか。
「ああ、悪い。いつもと何もかもが違いすぎて、ついじっくり鑑賞してしまった」
「鑑賞……」
「いやー、服も髪型もよく似合ってるな。まあついなは何しても似合いそうではあるけど。……ところでそのポニーテールを引っ張っていいか?」
「っ、だめ」
残念、駄目だったか。まあアホなことを言っていつもの空気に戻すのが目的だったので、残念ではあるが問題無い。
「よし、じゃあ行くか」
「うん。……しんじ」
今度は何だ? 右手を出してきて…………あ、手を繋ぐのか。
そうだ、涼しくなったら距離感を縮めるという話があったが、もうとっくにそういう季節だ。
それでも学校で手を繋いで歩くのはさすがに憚られる、ということで今まで見送られてきたが、ここへきて全ての条件がついに揃ったのか。
しかしこの段階で手を繋いで歩くということは、ひょっとして今日はほぼ一日中手を繋ぎ続けることになるのでは……?
「お、おお……」
「ん」
手を繋ぐのはこれまで何度もやったことがあるが、手を繋ぎ続けて歩くというのは未体験。このままだと俺は一体どうなってしまうのだろうか。というか見せる相手がいないのにやっても意味が無いのではないか。
そう思っていると、少し遠くになんか見知った顔が見えた。同じクラスの連中が三人たむろしている。ここは学校の最寄駅なので、こういう不意の遭遇があってもおかしくないか。
あいつらも連れ立ってどこかへ行くのだろう。日曜の朝も早くからご苦労なことだ。
……あ、西崎と目が合った。西崎がこっちを指差して何か言って、他の二人もこっちを向いた。しかしただ見続けているだけで、特に絡んでくるつもりは無いようなのでよかった。
「ついな、今同じクラスのやつが三人いたぞ。ちゃんと手を繋いだ成果があったな」
「成果?」
「……いや、なんでもない」
「んー?」
手を繋いで、距離感を縮めているアピールの成果なんだが……ついなはうっかりさんだな。本来の目的を忘れているらしい。
まあ俺もそっちの目的はどうでもいいので気にしないことにして、駅構内からホームへ向かって電車に乗る。
牧場までは少し長い時間電車に乗る必要があるが、乗り換え無しの一本で行けるのはありがたい。
「お、空いてるな」
「うん。座ろ」
やはり日曜の朝早くともなると電車も空いている。それに牧場に行くなら時間は早い方が良い気がするし、ついなの希望通り朝八時集合にして良かったのかもしれない。
……さて、電車に乗って席に座るということはしばらく歩かないわけだが、手はどうなるのだろうか。さすがにそろそろ離すのか、それとも繋いだままなのか。
さあ適当に座る場所を決めて、俺がこっちでついながそっちで、いざ着席だ――――あ、離さないのか。座っても手を繋いだままということは、いよいよ何か両手を使う必要があるとき以外は離さない感じだ。
俺は右手が空いているからまだいいが、ついなは左手で大丈夫なのか。スマホを取り出しても少し扱い辛そうで…………でも離さないのか。カップルの生態には詳しくないが、こういうものなんだろうか?
「しんじ、こういう所もある」
ついながスマホを見せてきた。画面に映っているのは牧場ではなく、近くにあるレジャー施設の方か。
どうやら工芸や陶芸、織物等、実際に体験させてもらえる店が色々あるようで、昼からはここの中のどれかに行くのも面白そうだ。
「なるほど、色々あるな。ただ陶芸は微妙か」
「ん? しんじは陶芸きらい?」
「いや、せっかくついなが可愛い服を着てるのに陶芸やるのはちょっとな。汚れてもいい服じゃないと」
「……なるほど、盲点だった。じゃあ陶芸はまた今度行こ」
ついなは陶芸に興味があったようだが、まあ納得してくれたようで何よりだ。
しかしついならしいと言えばらしいが、牧場に陶芸とはずいぶん趣味が渋い。だが俺も割と興味があるので、これは相性が良いということで喜ぶべきか。
そうしてスマホを見ながら、どこをどう回るのかと話し合っていると、あっという間に目的の駅に到着した。
中途半端な都会から一時間弱も電車に乗れば、辺りの景色は中途半端な田舎になる。
「電車一本でこんな所に来れるんだな」
「緑色が多い」
駅から出て、牧場までの道をのんびり歩く。
ついなの言う通り、辺りは草木や山の緑色が目立っている。灰色のコンクリート街とは色鮮やかさが段違いだ。
街の排ガス等の臭いも感じられなくなり、ここでは草や土の……あ、家畜の臭いも微かに漂っている。一長一短だ。
そのまましばらく歩いていると、臭いにも慣れてきた辺りで急に視界が開けた。目に飛び込んできたのは一面の草原と、それを囲う柵。
「おおー……牧場」
「ああ、これは紛れも無く牧場だ」
牧場、という言葉を聞いて思い浮かべた通りの光景に、少しテンションが上がってしまう。
その中に何棟か木造のオシャレな建物が集まっていて、あそこで乳搾り体験の受付や飲食物、土産物の販売などを行っているはずだ。
「ついな、まずはソフトクリームを食べよう。ちょっと歩いて暑くなってきたし」
「うーん。でも、それがメインイベント……」
なるほど、ソフトクリーム目当てで来たのか。
ショートケーキのイチゴを一口目に食べるが如き蛮行に、ついなははっきりと難色を示している。でも俺は今すぐ食べたい。
「いや、行ってすぐ食べれば昼頃にもう一回いけるんじゃないか? 後で食うとその一回きりになってしまう」
「しんじは天才。早く食べよう」
簡単に同意を得られたので、少し足早に建物の方へ向かう。
…………さて、ここで昼過ぎまで遊んで、そこからはレジャー施設の方で何かをして……その後良い感じの頃合いを見計らって告白だ。
偽の彼氏彼女という関係は、今日で終わりにしてやるぞ。
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