第25話

「この中だと…………よし、たこ焼きだな。中庭か」

「むむむ、しんじ。そこはライバル店」

「飲食店はライバルなのか。……じゃあ四組にするか?」

「たこ焼き食べたい」


 簡単に同意が得られたので中庭に向かう。ここは料理部の店なので、一定の品質は保証されていると考えたのが選んだ決め手だ。

 ちなみに料理部は他にもパンケーキ屋を出していて、部としてこの文化祭に懸ける熱い想いが伝わってくる。きっと張り切る機会はここしかないのだろう。


「いらっしゃいま……うわー! またカップルだ!」

「ちょっとミーコ先輩、駄目ですってお客さんの前で」

「なんで私が店番してるときだけ、見せつけるように……!」

「先輩がフられたのは彼氏に変な創作料理を食べさせたのが悪いんでしょう? 自業自得ですよ。ほら、反省してちゃんとしたたこ焼きを作りましょう」

「うう……」


 何か心配になるやり取りをされてしまったが……近くに来て良い感じの匂いを嗅いでしまったのでもうたこ焼きを食うしかない。


「えーと、普通のたこ焼き下さい」

「わたしも普通のやつ。青のり抜き」

「はーい! ほら先輩、釘刺されちゃいましたよ。普通のやつです」

「はーい……」


 たこ焼きを受け取り、近くにあったベンチに座る。何かあれば即座に苦情を言いに行ける位置だ。


「変なお店だった。あれなら勝てる」

「まあ……うん。良かったな」


 念のため一つ割って中を確認してみたが、特に問題は無さそうだったのでそのまま一口。そこそこ大き目のたこ焼きだ。


「はふはふ……あ、美味い。しかもタコがでかい」

「はふはふはふ……」


 ついなは猫舌なのか、俺が一つ食べ終わってもまだはふはふしている。

 しかし六個二百円でこれだと儲けはあまり無さそうだ。部の活動費をがっぽり稼ぐという意図が感じられない、良心的な価格設定だった。


「んむんむ……。むむむ……これは手強いライバル」

「な。さすが料理部は強いわ。こうなるとパンケーキの方も気になってきたな」

「うーん。そこもライバル……でも食べたい」


 その後は体育館で演劇を一本だけ鑑賞した後、各クラスの教室をざっと冷やかして回り、腹が減ってきたところで満を持してパンケーキを食べに家庭科室へ。

 そして再び体育館でバンドをチラ見してから中庭に戻ってくる頃には、もう文化祭の終わりが近くなっていた。


「やっぱりあのパンケーキはずるい。あんなの卑怯」


 ついなはぷんすか怒っている。クリーム盛り盛りでベリーまで添えられたオシャレパンケーキには勝ち目が無いそうだ。食べてる間はあんなに幸せそうだったのに……。


「まあまあ……別に売上を競ってるわけじゃないんだろ?」

「そうだけど、一番良いお店にしたかった」

「まあまあ……来年頑張ろう。今年は初めてで勝手もわからなかっただろうしな」

「うん。来年は料理部に勝つ」


 来年も飲食系になるかどうかはわからんが……ついながやりたいといえばそうなりそうな気もする。


「でもとにかく、楽しかったな」

「うん。想像以上」


 文化祭にあまり興味は無かったのだが、いざ回ってみると思いの外楽しくて、ついついたっぷり満喫してしまった。

 あとは終わるまでの少しの時間を、ベンチに座ってまったり待つ流れになっているが…………俺にとってはここからが本番だ。

 良い感じの雰囲気の今だからこそ、休日私服デートに誘う成功率も高まるというものである。いざ尋常に、勝負だ。


「なあついな。ちょっと話というか、相談があるんだが」

「んー、どうしたの」

「実は最近ウチのクラスにな、俺たちの関係を疑ってる奴がいるんだ」


 これこそが俺が考えた必勝の策。

 疑ってくる奴がいないなら、適当にいることにしてしまえばいいという作戦だ。

 最近のついなを見てる限りだと、普通に誘ってもいけるような気がしないでもないが……断られる可能性が僅かでもある以上、やはり策に頼らざるを得ない。俺の楽観的な感覚に甘えて、万全を期すことを怠るわけにはいかないのだ。


「関係?」

「ああ、俺たちが本当に付き合ってるのかどうかを疑ってるんだ」

「……それは、由々しき事態」

「そう。だから疑いを晴らすために考えたんだけど、日曜日にでもどこか出掛けてみないか?」

「うん。行こ」

「そこで良い感じの写真でも撮って、そいつにさりげなく見せてやれば……あ、行くのか」

「どこに行く?」

「ん? どこに……」


 しまった。どうすれば断られないかということばかりに意識が向いて、成功した後のことを全く考えていなかった。

 というかやっぱり余計な小細工は必要無かったんじゃ……いやいや、成功したんだから問題は無い。


「よし、じゃあ一緒に考えるか。せっかくだから楽しみたいしな」

「しんじ、わたしここ行きたい」


 ついながスマホを見せてきた。画面に映っているのは牧場のホームページだった。

 なんで牧場……と思ったが、観光客向けに力を入れているところのようで、案外多くの人が訪れているらしい。のんびりした空気はついなに合っている気もするし、さらに近所に様々な体験ができる複合型のレジャー施設もある。意外となかなか楽しめそうだ。


「なるほど、牧場か」

「それかここ」


 今度は最近話題の商店街だ。食べ歩きスポットとして、県外からも人を集めるほどの人気を博している。

 さらにここの近所には有名な公園があり、腹がいっぱいになったらここでまったり過ごすのがお決まりの流れとのことだ。


「あー、ここか。なんかテレビでやってて気になってたんだよな」

「あとここも」


 おっと、これはちょっと遠出になる。海沿いの街で、綺麗な夜景が有名な定番のデートスポットだ。

 賑わっている街なので夜までの時間も楽しく潰せそうだが……ちょっと帰りの時間が遅くなりそうなのがネックか。


「なるほど、こういう選択肢もアリか。時期的にも悪くないな」

「それならこういう所も」

「お、おお。ちょっと一旦、今までの中から検討しようか」


 ついなが行きたい場所を次々と出してくるが、ペースが早すぎてどこが良いのかよくわからなくなってきた。まるでしっかり準備していたかのような手際の良いプレゼンだ。


「全部楽しそうではあるけど、ついなが一番行きたいのはどこなんだ?」

「一番? うーん、一番……」


 ついなは難しい顔をして深く考え込んでいる。こりゃ駄目そうだし俺が決めるか。


「じゃあ牧場に行くか」

「牧場……それもいいけど、うーん」

「ほら、他の所が気になるならまた行けばいいから」

「……うん、牧場に行こ」


 さりげなく次も予約してやった。クックック……あまりにも自然だったのでついなも気付いていないだろう。いつの間にか何度も俺と休日デートする羽目になっているのだ。

 ともかくこれで日曜日に出掛ける約束を取り付け、場所も牧場と決定した。

 いやあ、楽しみだ。今日からしっかり周辺の情報を色々調べて、せっかく金があるから良い感じの服も買いに――


「明日は晴れ。よかった」

「おお、行楽日和で何よりだな」


 ――明日? 明日って何だ。明日は…………日曜日だ。今日が土曜日なのだから、明日は日曜日で間違い無い。

 だが俺の言った日曜日はその次の日曜日であって、決して明日の話では……ああっ、ついなが牧場のホームページを楽しそうに見ている。来週の日曜日だとはとても言い出せない。


「しんじ、時間は? 朝の何時?」


 なんてことだ、朝なのはもう決まっているのか。

 なら一応午前ということで十一時五十分に……いや、ついなはきっと早く行きたがっている……!


「開場時間は九時か。それなら……九時……じゃなくて、八時半……八時だな。八時にしよう」

「うん、八時に集合」


 ついなの表情を見つつ慎重に探ってみたが、やっぱり早くなってしまった。

 これはもう駄目だ。ほとんどの準備が不可能になった。

 ……いや、肩肘張って行かなくてもいいか。緩く駅の辺りを歩き回る、いつもの放課後デートの延長線上にあるものだと思うことにしよう。

 でもやっぱり八時はさすがに早すぎると思う。

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