第24話

 文化祭当日。俺は朝から教室で待機し続けていた。

 学校の歴史を大雑把にまとめてあるという面白味の欠片も無い展示なのに、一応客というか人はちらほら来る。

 ただ別に入場料が必要な展示ではなく、出入りは誰でも自由。来場者に対応する必要が全く無いので、本当にただ座って待っているだけだった。


「うーむ、暇だ」

「マジで何なんだろうな、これ……」


 待機する必要があるのは二人。俺はずっと居続けているが、相棒は何人か入れ替わっている。

 今の相棒は後藤で、かつて俺の手下だった男だ。ただ見返りがあまりにもなさすぎたのか、いつの間にか敵に寝返っていた。


「悪しき伝統だな。来年には撤廃してもらわないと」

「だなー。……そういや天原は最初からいるんだよな。あとどれぐらいだっけ」

「俺はあと一時間弱だな」


 朝の九時に開始して、終わるのは十一時半。合計で二時間半の労役だ。

 ただまあ、別に解放されたところで行きたい場所があるわけではないので、暇を持て余してはいるものの特に問題なかったりもする。

 そんなわけで後藤とダラダラ話していると、またしてもこの展示に誰かがやってきた。

 奇特な人がいるもんだ、と思ったらついなだった。


「あ、ついなだ」

「んなっ……」


 隣で後藤が絶句している。割と予想できた流れだと思うんだが、そんなに驚くことだろうか。

 ついなは皆が頑張って作った展示には目もくれず、まっすぐこっちに向かってくる。


「なっ、あ、天原。俺はどうすればいい……!?」

「どうもこうも、普通にしとけばいいんじゃないか」

「ふ、普通? 普通って何だ……!?」


 後藤は目に見えて狼狽えてしまっているが、狭い教室なので心の準備をする時間は無い。ついなはもう目の前だ。

 さすがについなも半袖は着なくなって、最近は専ら長袖のシャツにカーディガンという服装になっている。ベージュ色の少しぶかぶかなカーディガンがよく似合っていて、俺は夏服よりもこっちの方が断然好きだった。特に袖が少し余ってるのが良い。


「しんじ、いた」

「おう、どうしたんだ」

「どうもしない」


 ついなは後藤には目もくれず、まっすぐ俺を見て話しかけてくる。どうやら特に用があるわけではなく、ただ俺に会いに来ただけのようだ。

 せっかくだし後藤のことを紹介しておこう。


「ついな、こいつは後藤な。かつて俺に宿題を見せてくれたことのあるタフガイだ」

「おー。タフガイ」

「えっ!? あ、はい、後藤です! タフさにはそれなりの自負があります!」


 あー、適当に紹介したら自分でもタフとか言い出してしまった。

 きっと後藤はこの言葉を嘘にしないために、今日から過酷なトレーニングをすることになるのだろう。


「しんじ、ここはいつまで?」

「あと四十分ぐらい」

「うーん。四十分……」


 ついなは時計を見て何かを思案している。確かに四十分はとても微妙な時間だ。


「あ、あの! よかったら、椅子、どうぞ! 俺は外で立ってますんで!」


 後藤が急に立ち上がり、そのまま教室の外に出て行ってしまった。

 椅子など教室の隅の方に押し込められてるやつを持って来ればいいだけだから、別に後藤が立つ必要は無いんだが……。


「えっと、しんじ。あの人……」

「気を使ってくれたんだし、ありがたく座ればいいんじゃないか?」

「うーん」


 よく考えたらカップル一組と関係ない一人で同じ空間にいると、さすがに一人の方の居心地は良くないだろう。悪いことをしてしまった。……が、このクラスの男連中は日頃から俺に対して悪いことをしまくってくるので気にしなくていいか。

 ついなも既に後藤が出て行ってしまった以上、もう気にしても仕方ないと思ったからか、離れていた椅子を俺の方に寄せて座った。


「そういやあの三人はいいのか? ここでじっとしてても暇だろうし、あいつらと回ってきても」

「マキは部活で何かやってて、チカとユッコはお店」

「ああ、皆忙しいのか」

「うん。わたしもさっきまでお店の裏方してたけど、彼氏のところに行っておいでって言われた」


 ついなは当日の店番を免除されるという話だったはずだが、それでも手伝っていたのか。まあただ座ってるだけの一組と違って、やることが色々ある四組の方は楽しいんだろう。

 そうしてついなが裏方として何をしていてどう楽しかったのかを聞いていると、教室の外から声が聞こえてきた。この辺りには人が寄り付かないので、大きい声だと内容までわかる。


「おーっす後藤。交代しに来たぞー。……って何で外で突っ立ってんだ?」

「いや、今はちょっとアレだから……」

「アレって何だよ。中で座ってりゃいいじゃねー…………」


 山田が部屋に入ってきたが、俺と目が合うとすぐに出て行った。


「だから言ったろ」

「いやいや……ただでさえ人が来ない展示なのに、中があれだとすぐに引き返しちまうんじゃね?」

「それはそうだが……」

「というかこれ作戦失敗してるじゃねーか! おまけにここをイチャつく用の部屋にされてるし! 古川の野郎、何が我が智謀だ! 策士策に溺れやがって!」


 外から聞こえてくる会話に、ついなと顔を見合わせる。


「しんじ、わたし一旦戻る。それで終わる頃にまた来る」

「ああ、そうした方が良さそうだな」


 知らぬ間にバカップル状態になっていたようだ。そう見られること自体は良いのだが、あまり周りに迷惑を掛ける形だとついなの評判に傷が付いてしまう。

 そう思ったが、山田が教室に入ってきて親指を立て、外に向かってクイクイとしてきた。外に出ろということか?


「天原、釈放だ。好きに回ってきやがれ」

「ん? 良いのか? まだあと三十分ぐらいあるけど」

「ああ、もう二時間経ってるし、そもそも作戦は失敗したからな。穴埋めは無能軍師の古川にやらせる」

「そ、そうか」


 そういうことらしいのでお言葉に甘えることにする。去り際についなが後藤と山田の二人にお礼を言ったら、跳び上がらんばかりに喜んでいたので丸く収まったはずだ。


「なんか……空気が浮ついてるな」

「お祭りだから」

「そうか、文化の祭りだった」


 教室を出て少し歩きながら辺りを見回してみると、そこかしこが派手に飾られていて非常に華やかな雰囲気になっていた。

 行き交う生徒たちの表情も明るく、祭りを楽しむ喧噪はそこら中から聞こえてくる。

 いつもの古臭い校舎のはずだが、まるで別の建物に来たかのようだった。


「こうなってくると、ウチのクラスの地味な感じは逆に浮いてるな……」

「うん。異彩を放ってる」


 そのまま少し歩くと文化祭全体の案内図が貼ってあるのを見つけたので、それを見ながらどこか面白そうなところがないか探してみることにした。

 各学年が八クラスあり、部活動でも何かしらやっているところも多いようなので、かなりの種類の出し物がある。これを今から全てを回り切るのは難しいかもしれない。


「ついなはどこか行きたい所あるか?」

「んー……行きたくない所ならある」

「ほう。どこなんだ」


 ついなが行きたくない、という否定的な意見を出すのは非常に珍しい。よっぽど嫌な何かがあるんだろうか。


「一年四組と二年二組」

「ん? 四組って自分のクラスだろ」

「うん。だから嫌」

「そ、そんなにはっきり……。それはあれか、店の裏側を知ってるからクオリティーとか衛生面が気になってとか……」


 クラスで飲食系のバイトをしてる奴から聞いたことがある。働くようになってから、その店に二度と行きたくなくなったらしい。


「そういうのはちゃんとしてるから大丈夫。でも……みんないるから、恥ずかしい」

「恥ずかしい……?」


 ついなにも何かを恥ずかしがるという感情があったのか。何でも気にしないタイプだと思っていた。


「ぜったい何人か囃し立ててくる。ひゅーひゅーとか言う」

「ああ、それは嫌だな」

「うん。やめた方がいい」


 きっと「よっ! お二人さん、お熱いねえ!」とか言われるやつだ。四組はそういうノリのクラスなんだな。


「それと……二年二組だっけか」


 案内図を見ると、二年二組は脱出ゲーム的な催しをやっているようで、なんと隣の三組の教室もまとめて使う大がかりなものらしい。どうやらこれは二年三組が演劇で教室を使わないから可能になった荒業のようだ。


「うん。これは……その、苦手」

「そうか。じゃあそれ以外をぶらぶら回ってみるか」

「うん」


 ついなは脱出ゲームが苦手なのか。閉塞感みたいなのが嫌なのかもしれない。

 とりあえず腹が減ったのでどこかの飲食系でも行ってみるとしよう。

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