第23話
文化祭。文化の祭りだ。
「まあこんなもんでいいんじゃね」
「どうせ誰も見に来ねーだろうしな」
「当日どうすっかなー」
いつの間にか近付いていた文化祭だが、我が一年一組は何かの抽選が外れたとかで、不本意ながら何かを展示することになったらしい。
しかしながら当然誰もやる気が無いため、会議は踊らず、当然進みもせず。
結局最近になって出された「学校の歴史を適当にまとめればいいんじゃね」という意見が採用され、それを言い出した奴がリーダー役を押し付けられて、何とか文化祭前日の今日になってやっと形になった。
「やっと終わった……。あー、クソ……余計なこと言うんじゃなかった……」
「まあいいじゃねえか。その分当日は免除なんだろ」
「全く釣り合いが取れてねーよ」
我が校の文化祭には謎のルールがあり、ただ資料を展示するだけでも一応二人は教室に常駐しなければならないらしい。恐らくルールが決まった背景には尤もらしい理由があったんだろうが、今となっては形骸化した意味不明な決まりだ。
ただ適当に持ち回りにすれば割とすぐに交代できるので、あまり負担にはならない……かと思いきや、俺だけこの時間が妙に長い。
準備する人員を選ぶ際に「天原は忙しいだろ? 手伝わなくていいぞ」「こんなん俺らでやっとくからよ」「奥宮さんと遊んできやがれ」などと言われたため、俺はお言葉に甘えて準備をサボり続けていたのだが……。なんと準備を全く手伝ってない奴は、割り当て時間を長くするべきという意見が昨日になって急に多数提出され、その案があっさりと可決されてしまった。
「クックックック……見たか我が智謀を。これで天原が奥宮さんと文化祭を回る時間が減る……!」
「でかした古川! やはりお前の作戦を採用して正解だった」
「フン、文化祭デートなど見せつけられてたまるか! そんなものは断固阻止よ!」
「当日は俺たちが天原の分まで楽しもう。四組は喫茶系らしいし、コーヒー一杯で朝から粘り続けるか」
ううむ、俺は奴らの奸計によってまんまと陥れられてしまったようだ。まあそんなにしっかり文化祭を楽しみたいわけでもないし、いざとなればフケればいいだけだから割とどうでもいいんだが……。
とにかくもう帰ってもいいようなので、これ以上何か言われる前にさっさと教室を出る。一組の教室は校舎の端にあるので、廊下の奥を見れば他の七クラスがそれぞれ準備を頑張っている様子がズラッと目に入った。
「む……」
その廊下の真ん中辺り。四組の教室の前についながいた。男と……何となくイケメンっぽく見える男と何かを話しているようだ。
恐らく文化祭の準備をしているのだろうし、立場的にもとやかく言える筋合いは無い。
しかし精神衛生上よくないので、ついなから目を逸らして廊下の窓から空を見上げることにした。
「いやはや……」
別についながあの男と良い感じになると思っているわけではない。だがそれでも、俺を焦らせるには十分な光景だった。
なんせ……二学期になってから、ほとんど進展していないのだ。
距離感を縮めるために手を繋いだり肩や背中に触れたりはしたものの、あれはあくまでもそう見せるためであって実際に俺とついなの関係に変化があったわけではない。
「しんじ」
というか本当に、なんで何のイベントも起きないんだ。付き合ったフリなんてしていたら、もっとこう……本当に付き合ってるのか疑う奴とか、本当に好き合っているのかテストするとか言ってくる奴とか、それっぽいイベントが色々あるべきだろうに……!
いきなり「本当に付き合ってるのならキスぐらいできるでしょう、さあ、今ここでキスしてみなさい!」とか言ってくるアホはいないのか……?
「しんじー」
「ん?」
服をくいくいと引っ張られるから誰かと思えば、ついなが目の前にいた。
「あれ? さっきあの辺で何かしてなかったか」
「うん。でもしんじがいたから」
俺がいたからあっちの用事を放り出してこっちに来たのか? それはちょっとまずいんじゃないか。
そう思ったが、四組の前でマキがこっちに向かって大きく手を振っているし、なんか大丈夫そうだ。とりあえず手を振り返しておこう。
「しんじは何してるの」
「準備も終わったし帰るところだ。まあ準備は元々完全免除だったんだけど」
「おー、完全免除。しんじは特権階級」
「まあその分当日はずっとここにいることになっただけど」
「えー」
文句があるなら俺を嵌めた奴らに言ってほしい。主犯は古川だ。そしてついなが文句を言えば誰かが代わってくれそうな気もする。
「ついなは当日どうするんだ? 店番とか」
「わたしは当日が免除。その分準備が大変」
「俺と真逆か……え? ついなが喫茶店の店番を免除?」
「うん。なんかそうなった」
「そんな馬鹿な」
看板娘を裏方に回すなんて何を考えて……いや、賢明な判断か。さっきも一組の誰かがコーヒーでずっと粘るとかいう話をしていたし、ついなが接客をやったら大変なことになりそうだ。
しかしそうなると、ついな目当てで四組に行った奴は残念なことになってしまうな……。別にどうでもいいけど……。
「じゃあしんじ、また明日」
「ああ。準備頑張ってな」
ついなは一時的に抜けてきただけのようで、また四組の方に戻って行った。
はてさて、一体どうやってついなとの関係を進展させればいいのやら……。
誰か俺たちの関係を疑う奴がいてくれれば、付き合ってる証明のためにデートに行くことになって……いや、デートはもう何回も行っているか。放課後に駅の周りなどを歩き回るという、いわゆる放課後デートは一昨日行ってきたばかりだ。
「となると放課後デート以外で何か……いや、放課後以外のデートか……!」
休日だ。そういえばついなと休日に会ったことが無い。私服を見たことが無いんだ。
となればついなを誘ってどこかに繰り出して…………駄目だ、誘う口実が無い。
放課後デートは駅の辺りにいる生徒達にアピールするのが目的だったが、休日ではその理屈が通用しない。
そうしてどうにか休日についなを街に連れ出す手口を考えていたが、何も思いつかないまま家に着いてしまった。
「ただいまー…………あれ?」
返事が無い。
俺が家に帰るといつも梓がリビングにいて、最近では「おかえりなさい」と言ってくれるようになったのだが……。
「あ、俺が早いのか」
今日は文化祭前日で授業が短いんだった。梓はまだ学校にいる時間か。
しかし返事が一つ無いだけで何とも寂しくなるものだ。梓が家に帰ってくるときはいつもこんな感じなんだろうか。
よし、今日は俺がリビングに陣取って梓を出迎えるとしよう。
「……む。帰ってきたか」
かれこれ三時間ぐらいはここにいただろうか。待機するにしても、もう少し後からにすればよかった。
だがおかげでついなを休日デートに連れ出す口実は思い付いたので良しとしよう。
玄関の方からガチャガチャする音が聞こえてくるが、それがなぜか妙に長い。多分あれは鍵を開けようと思ったら開いてたから閉めてしまって、そこからまた開けることになってるやつだろう。
まあ、あとは梓におかえりと言ってやるだけだ。
「ふんふふふんふふふーん」
これは鼻歌だな。どうやら機嫌が良いようだ。梓の鼻歌は初めて聞いた。
……しかしこれは聞いちゃって良いやつなんだろうか。鍵が開いてたし靴もあるのだから、俺が既に帰っていることには気付いているとは思うんだが……。
しかしここまできたらもうどうしようもない。
「ふふふん、ふふーん。ふー……えっ、おに」
「よう、おかえり」
梓がリビングに顔を出すと同時に、二本立てた指をピッとやってカッコ良く出迎える。
多分梓は恥ずかしい思いをするだろうから、俺も恥ずかしくなろうという算段だ。
「……ただいま」
梓は無表情で俺の横を通り過ぎ、手洗いやうがいを済ませると足早に二階に上がっていった。
やはり鼻歌を聞かれたくないタイプだったか。多分今頃は部屋で悶えているのだろう。おいたわしや……。
…………それにしても、さっき絶対に「おに」と言ったはずなんだが、あれは何だったんだろう。その後に「いちゃん」が続いたりするんだろうか。
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