第22話

 入り口の近くで立ち話をするわけにもいかないので、というか昼飯を食いに来たので食堂に入り、隅の方のテーブルに陣取って各々が注文した飯を食う。


「マキ、マキな。覚えた。そしてやっぱりついなから聞いたことは無かった」

「それは言わなくていいよ! でも覚えてくれてありがとう!」


 しかし女三人と俺一人という布陣なので、どうしてもアウェー感が拭えない。今のところ小康状態を保っているが、一気呵成に攻め立てられてはたちまち敗走の憂き目に遭うだろう。

 この状況を打破するには……援軍だ。ついながいればきっと色々助けてくれるはず。というかどうしてついながいないんだ。


「……なあ、ついなは一緒じゃないのか?」

「ついなはお弁当持ってきてるからね!」

「アタシらも何か持ってきてるときは教室で一緒に食べるけど、今日は三人とも学食だから」


 くそっ、援軍は望めないか。やはり俺だけでこいつらの相手をしなければならないようだ。

 元気一杯、天真爛漫なマキ。ショートヘアで、いかにもスポーツをやってそうな女だ。

 そしてクールな姉御のチカ。本当は千佳子らしい。

 最後に大人しい感じのユッコ。こっちは優子。

 俺が主導権を握るにはやはりユッコを狙うべきなのだろうが、どうしてもマキに邪魔をされて防戦一方だ。


「いやー、ついなから話はずっと聞いてたからさー。どんな人なんだろって思ってたんだよねー!」

「顔はわかるし二人でいるところを何回も見てるけど、話したことはなかったからね」

「ね。でもそっか、この人が天原くんということは、この人がついなと週に五日も……」


 あっ、週に五日とか言ったのは誰だ、ユッコか。くそ、お前らが好き勝手に作ったエピソードなのに、そんなドン引きするような目で見るんじゃない。

 さらに三人で顔を寄せ合ってヒソヒソと話しはじめた。「ケダモノ」「絶倫」「テクニシャン」などという単語がかすかに聞こえてくるので、話の内容はお察しだ。こいつらの中では俺がとんでもない雄に仕立て上げられている。


「あっ。いやー、ごめんね! 普段からついなの惚気話を聞いてるもんだからさ! でも紹介してって頼んでもイヤって言うし!」


 ついなの惚気話とはつまり、適当なでっち上げだ。そもそもその惚気話も本当についなが話したことなのかどうかも疑わしい。

 以前の夏休みのエピソードのように、こいつらが勝手に付け足していってる創作百パーセントの話という可能性も高いだろう。


「ついなは独占欲がすごいよなあ。あれだけ可愛いなら、アタシらのことなんか気にしなくていいだろうにさ」


 それは独占欲じゃなく、ボロを出さないためだ。俺もこの場で余計なことを言って矛盾を生じさせないように気を付けなければ。


「ついなは身も心もメロメロって感じだもんね。特に身の方はもう……」


 ユッコ……こいつはさっきから何なんだ。大人しそうな顔をしてエロ系の話しかしないじゃないか。


「そうだ、ついなは私たちのことは何て言ってたの!? まあ私の話はしてないんだろうけどさ!」


 唯一名前が出ていなかったマキがケラケラと笑いながら話を振ってきた。自虐交じりなのに底抜けに明るい奴だ。


「ただ名前が出てくるだけで、別に誰がどうとかいう話をしたわけじゃないんだけど……えーと、ユッコ」

「は、はい!? 私ですか」

「確かユッコの名前は……男は皆ケダモノってユッコが言ってた……とか聞いた気がする」

「ケダ……え、他は」

「無い」

「あ、はい……」


 そこが初出で、それ以来聞いていないはず。ユッコはエロ話しかしない女だ。


「それでチカの名前はやたらと出てくるな。チカに聞いたとかチカと一緒にとか、色々多すぎて細かいことは覚えてない」

「ふーん。そうなんだ」


 チカはあまり気にしていない風に装っているつもりなのだろうが、若干口角が上がってしまっている。サバサバ系といってもまだ高校生のヒヨッコよ。

 あとチカは目ざといとか言ってた気もするが、そっちは黙っておくことにしよう。


 その辺りでそれぞれが昼飯を食べ終わり、連れ立って教室の方へ戻ることになった。俺はまだ解放されないらしい。

 食堂は一組の教室からは遠く、そこまでの道中にチカ達やついながいる四組の教室がある。

 なので四組の教室前で別れることになると思ったが、その前に教室の中にいるついながチラッとこっちを向いた。そして視線を手元に落とし、ものすごい勢いでまたこっちを見た。


「おお、二度見だ」

「綺麗な二度見だったね!」


 ついなが慌てた様子で教室から出てきて、俺やチカ達の顔を素早く見回している。


「な、なんでしんじがチカ達と……?」

「食堂の前で捕まった」

「捕まったとは人聞きが悪いな。まあ捕まえたんだけどさ」

「というかついな! 天原くんはチカとユッコの名前を知ってたけど、私の名前を知らなかったんだ! ひどいじゃないか!」

「え、だ、だって。マキとしんじは話が合いそう」

「ん? それなら話をしても、というか紹介してくれたっていいじゃないか」

「……しんじを取られたら嫌」


 おお、上手い言い訳だ。可愛い乙女心が発露した結果ということにしたか。

 これなら角が立たない。あと少しモジモジした感じがとても可愛い。

 ちなみに三人の中で一番話が合いそうなのはユッコだ。


「か、可愛……っ! ごめんついな! 私が間違ってた!」


 マキがついなにひしっと抱き着く。その抱擁に俺も混ぜてほしい。


「……ん? じゃあ名前がよく出てたっていうアタシは?」


 あ、角が立った。


「え? えーと、チカは、大丈夫かなって……」

「いや、別にいいけどさ……いいんだけどなんか腹立つ!」


 ついながパタパタと教室内に逃げていき、チカとマキが追いかけていった。

 ところで俺はもう一組の教室に戻っていいんだろうか。


「えーと、色々ご迷惑をお掛けしました……」

「ん、ああ。まあ……仲が良さそうで何よりだ」


 残されたユッコが頭を下げてきた。なんだ、エロ話以外でも言葉を話せるのか。


「そうですね。仲は良いです。たまに色々アレですけど」


 アレというのは夏休みエピソード創作会みたいなアレのことか。まあ好きに語って盛り上がってくれたらいい。


「じゃあ、今後もついなをよろしくということで」

「あっ、こちらこそついなをよろしくお願いします」


 よくわからん会話をして頭を下げ合う。まあ言いたいことはお互い伝わっているだろうから良し。


「あー! ついな! ユッコが天原くんと何か話してるよ!」


 教室の中からマキの声が聞こえてきた。それに続いて足音がこっちに近付いてくる。


「あっ、じゃあ私はこれで」

「ああ、うん。頑張ってくれ」


 ちょうど昼休みを終えるチャイムが鳴りだした。さっさと教室に戻ろう。

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