第13話

 六月中旬の体育祭を終えれば次に何があるのか?


「――そう、夏休みだ」

「期末テストは?」

「そんなものは無い」

「えー」


 さすが学年二位の女だけあって、ついなはテストに抵抗が無い。それどころかむしろやりたがっているようにすら感じられる。

 ザ・普通の俺としては、どうせ真ん中なんだからやるだけ無駄といった感じなのだが……。実質的にはただ早く帰れるだけの日だ。そう考えると悪くないか。


「勉強しないと」

「俺は勉強の類は全部授業で済ませる派なんだよ」

「すごい派閥」

「今のところ俺一人しかいない零細の派閥だな」


 学校で一日の内に五十分の授業を六回も受けたなら、もうそれ以上の勉強は必要無いだろう、という考え方の派閥だ。今のところこれに共感してくれたことがあるのは、勉強自体を放棄した奴しかいない。奴らはまた別の派閥である。


「家でも勉強したらもっと成績上がるのに」

「いや、それだと甘えが出てしまう。授業で理解できなくても家で頑張ればいいという甘えがな」

「甘え……」

「ああ。家で勉強しないことにすると、挽回する機会が無いから授業についていけなくなったら終わりなんだ。だから絶対何が何でも今この場で理解してやるという集中力が生まれる」

「おー。背水の陣」

「そうだな。俺は全ての授業を背水の陣で戦っているようなものだ」


 最近はもう夏が近い、というかほぼ夏なのでめっきり暑くなってきた。

 なので俺とついなは涼を求めて、駅前のビル内にあるちょっとした休憩スペースのようなところでダラダラと話をしている。

 俺とついなの関係についてはもう十分認知されているだろうから、特に校外デートでアピールするといった目的があるわけでもない。本当にただただ涼みに来ただけだった。


「夏休みはどうするの?」

「夏休みは……今のところ、何かのバイトをしようと思ってる」

「おー」

「授業で常に追い込まれてるから、学校が終わった後に働くのはキツい。だからバイトするならもう長期休暇の間しかないんだよ」

「いいなー」

「ん? バイトが?」

「うん。してみたいけど、お父さんとお母さんが、ちょっと一旦やめておきなさいって」

「うーん……」


 これは難しい問題だ。一見すると過保護のように思えるかもしれないが、適切な保護のような気もする。ついなが飲食店の接客業をやったら大変なことになるだろうし、かといってテキパキ動くことが求められる裏方の仕事もそれはそれで……。

 でも一度ぐらいはアルバイトを経験しておいた方が良いんじゃ、でもやっぱり恐い……というせめぎ合いの末に出た言葉が「ちょっと一旦やめておきなさい」なんだろう。


 そうして迎えた……というよりはいつの間にか始まっていた期末試験で、俺は平均より七点も上という堂々たる結果を残すことができた。これはひとえに、何度かついなと一緒に勉強したおかげだろう。

 授業中以外では一切勉強しないのが俺のポリシーだったが、「一緒に勉強しよ」と誘われては断ることなどできない。テストが近くなるとカップルは図書室で並んで勉強するもので、それを倣ってみようという趣旨の勉強会だったが……俺にとってはただの図書室デートなんだ。どうでもいいポリシーなど粉々に砕け散って吹き飛ばされてしまった。


「うーん。四位だった」

「二つ落ちたのか」


 俺の成績は目覚ましく向上したものの、ついなは学年の順位を落としてしまったようだ。これは俺という邪魔者がいたからという気がしないでもないが……ついなはあまり気にしていないようなので良しとしよう。俺に言わせれば二位も四位も等しくトップクラス。つまり誤差である。


 そして期末試験の返却が終わったということは、一学期も終わりを迎えるということだ。

 終業式で夏の生活について、規律を守って云々と誰も守らない訓戒を長々と聞かされた後、最後のホームルームを終えてついに解放された。

 たった今から、夏休みだ。


「はー、終わった終わった」

「どうするよ、夏休みだぞ夏休み。それも人生で一度しかない高一の夏休みだ」

「やっぱ海か? ひと夏のアバンチュールに懸けるしかないか」

「俺は部活だわ……。いいなー、海かー」


 ホームルームが終わった後はいつも空気が一気に弛緩するものだが、やはり夏休みを迎えるホームルーム終わりは一味違う。みんな弾けるような笑顔でワイワイと夏の計画を立てている。さっき聞いた訓戒のことなどもう誰一人覚えていないだろう。


「よーし、じゃあとりあえず面子決めるか。海行く奴は集まれー。……なんだ天原、お前は駄目だぞ」

「そうだそうだ、天原には関係無い。とっとと失せな」

「目障りだ、消えろ」

「奥宮さんと別れてから出直して来い」


 散々な言われようだが、あれはナンパをしに海に行くという話だから、彼女持ちということになっている俺はお呼びではないのだろう。

 でも俺は知ってるんだ。どうせ誰もナンパなんかする勇気がなくて、結局野郎だけでワイワイ遊んで終わるということを……。

 ついなは友達の方と集まって遊びに行くようなので、とりあえず激励だけして帰ることにしよう。


「じゃあ頑張れよお前ら。夏は開放的になるっていうし、きっと上手くいくさ」

「……な、なんだ!? 恐いから普通に応援するな!」

「それはあれか? 上から目線なのか!? 余裕を見せつけてるのか!?」

「やっぱ天原も来い! 浮気して奥宮さんと別れろ!」


 せっかく応援してやったのになんでギャーギャー文句を言ってくるんだ。適当に聞き流してさっさと帰る。

 まだ午前中とはいえ、もう夏真っ盛りというだけあって暑くて仕方がない。寄り道せず真っ直ぐ帰り、冷房の聞いた家に入ってやっと一息吐く。


 まずはスマホで求人情報のチェックだ。もう夏の短期バイトは決まっているとはいえ、空いている日も割とある。

 ここをどう埋めるか、あるいは空けておくのか。悩ましいところだ。

 埋めてしまうと、誰かが言っていた一度しかない高一の夏休みが、本当にただバイトに明け暮れて終わってしまう。

 かといって空けておいても、特に何もなくダラダラ過ごすだけで終わる気もする。


「うーむ」


 ついなを誘ってどこかに行きたいとも思うのだが、いかんせん口実が無い。あくまでも付き合ってるフリなので、見せる相手がいないデートは意味が無いのだ。

 学校終わりなら何となく流れで意味もなく二人でブラブラすることもあったが、夏休みに誘うとなると話は変わってくる。

 クラスの連中は「どうせ天原は奥宮さんとあちこち出掛けるんだろう。死ね」などと思っているのだろうが、残念ながらそんな予定は全く無い。


「やっぱり俺もナンパ行脚に混ぜてもらうか? どうせただ遊ぶだけだろうし……いや、彼女持ちの力を見せろとか言われて先陣を切らされそうだな……」


 このままでは本当にバイトだけで夏休みが終わってしまう。どうしたものだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る