第10話
六月も半ばになり、我が校でもついに体育祭が開催される運びとなった。
元々は六月の初めに実施する予定だったものが、天候不良による二度の順延によって後ろにずらされ続けた結果、微妙に暑い時期にやることになってしまった。
今日は天気が良く、朝の間は爽やかで快適な体育祭になりそうだが、昼には蒸し暑く不快な体育祭になっているに違いない。
各クラスの観覧、応援用のスペースはトラックの外側に用意されていて、生徒が教室から各々の椅子を運んできてある。そこからグラウンド全体を見回してみるが、やはり規模が中学とは違うようだ。
「うーむ。改めて見てもやはりでかい」
俺の通っていた中学はグラウンドのトラックが一周百メートルだったのに対し、ここは何と倍の二百メートルもある。おかげで全校生徒がグラウンドに出てきても窮屈にならないし、二度の順延によって予定が狂わされた結果、恐らく父兄の観覧もほとんど来ないだろう。人ごみでごった返すということにはならないはずだ。
俺の出番は最後の方にある百メートル走と何かの団体競技だけなので、基本的にはずっと暇を持て余すことになる。他の競技に興味があるわけでもないし、適当にそこらの日陰に引っ込んでダラダラ過ごすとしよう。
「あ、しんじー」
「おお、つい……な……」
よく知らん誰かが開会を宣言したと同時に、クラスのスペースから離れて木陰にでも移動しようとした矢先、少し小走りで移動するついなとバッタリ遭遇した。しかしこの体操服姿は何というか、こう……とても良いし、とても良くない。
今までも体育の前後で体操服を着ているところは見たことがあったが、その際はさらに長袖のジャージを着こんでいた。しかし今日はそんな邪魔なものを取っ払い、半袖の体操服姿を惜しげも無くさらけ出している。
うちの体操服は少しゆったり目のもので、別に体の線がはっきり出たり特定の部位が強調されたりなどはしない。肌の露出も首から上と肘から先、あと膝から下だけなので普段の夏服と同じ。
だというのに、この……なんだ? 妙に可愛いような、けしからんような雰囲気は……。見慣れていないからそう思うだけなのか、はたまた頭に巻いている赤いハチマキが良いのだろうか。
「んー? どうしたの?」
「いやあ、体操服だなーと思ってな。ついなはもう出番なのか?」
「うん。わたしの雄姿をとくとごらんあれ」
「わかった。暇だし最前列でガン見しとくわ」
「おお、砂被り……。しんじは百メートル走だっけ」
「ああ。最後以外はずっと暇だな」
半袖半ズボンにハチマキというレアで可愛いついなと話をしていると、少し離れたところからついなを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ついなー! イチャイチャしてないで早くー! もう始まるよー」
「あっ。じゃあね」
競技に出場するために同じクラスの女子と移動しているところだったか。急かされたついなはぱたぱたと走り去っていった。
しかしただ立ち話をしていただけなのに、あの子にはイチャイチャしているように見えたらしい。これは付き合ってるフリ作戦が成功しているということだろう。先日の放課後デートも大勢に目撃されたし、頑張ってアピールした成果がしっかり出ているようだ。
ついなが出場するのは確か千五百メートル走だったか。朝からしんどい競技をやるものだと思ったが、今日の気温だと正解だろう。しんどい競技は比較的涼しい内にやっておくべきだ。
クラスのスペースは既に男共がびっしりトラックの縁ギリギリに張り付いていたが、押し退けて最前列を確保する。どけ、俺は彼氏だぞ!
「あっ、天原てめえ! やめろ、俺は奥宮ちゃんの勇姿を最前列で見るんだ!」
「……俺にそれを言うか? ちょっとは遠慮しろよ」
「うるせえ! せめて見るぐらいさせろや!」
「わ、わかったわかった。適当に誰かを押し退けて見ればいいだろ」
適当な奴を退けてみたら、うっかり逆鱗に触れてしまったようだ。あまりの威勢に思わずたじろいでしまう。
こいつの名前は確か……西崎だったか。ウチのクラスにまだこんな牙を隠し持っている奴がいたとは。
「お前がどけや天原! 普段から至近距離で見てるだろうが!」
「……いや、駄目だ。体操服姿を見るのは今日が初めてなんだ」
「……チッ! 貸しだぞ!」
何とか説得に成功したようで西崎はどこかへ立ち去って行ったが、すぐ近くから何やら揉めている声が聞こえてきた。あそこで西崎が誰かを押し退けようとしているのだろう。
そして早速競技が始まった。千五百メートル走はそれぞれの学年の男子と女子に分かれて行われるので、合計六回やることになる。
幸いなことにまず一年生から始まるようで、しかも先に女子だ。つまりもうついなが走っている。
「どこだ……? どこにいる」
「あれか? あそこの……いた! 中団のやや前方だ!」
「むっ! あそこか!」
「ややっ、これは……!」
俺が探すまでもなく周りの連中が勝手に見つけてくれるので楽で良い。にしてもこいつらやっぱり見すぎじゃないか。
「むっ!」
「ぬう」
「ほう……」
「むむっ!」
そこら中から聞こえてくる唸り声を無視して俺もついなの走る様を目に焼き付ける。しかしこれは……むむっ! なんてけしからん……!
別にバルンバルン揺れているというわけではないにしても、何となくわかるようなわからないような、そんな感じが……むっ!
これはやはり長距離走に出るべきではなかったんじゃないか。人前で走るにしても短い距離でさっと済ませるべきだった。
いつだったか、長距離が得意と言っていたのは嘘ではないようで、一定のペースを保って軽快に走り続けているが……。あ、目が合った。しかも手を振る余裕まであるのか。
「おい、こっちに手を振ったぞ!」
「お、俺か!? 俺に手を振ったのか!?」
「俺だ! 確実に目が合った!」
「いいや、絶対俺だ! 俺も手を振ったんだ!」
「……いや、天原だろ」
「あっ……」
「……おい後藤、そんな簡単に夢を壊すようなことを言うんじゃない。殺すぞ」
「わ、悪い。配慮が足りなかった」
しかしこのラブコメのヒロインの可愛さを強調するために存在するモブみたいなクラスメイト共はどうにかならないものか。付き合ってるフリだからいいものの、本当に付き合っていたらさすがにそろそろブチ切れるところだ。
そして競技の方はというと、周りの生徒がペースを上げたり落としたりする中で、ついなはマイペースに一定の速度で走り続け、気付けばなんと三位でゴールしていた。
各クラス三人が八クラス分だから、走っていたのは合計で二十四人。千五百メートル走に出てくるのは全員がスタミナ自慢だろうから、その中の三位と考えるとなかなかのものだ。部活をやっていないのにこれは凄い。
「いやあ、いいものが見れた」
「やっぱ可愛いなあ」
「余は満足じゃ」
「次は生徒会長の出番まで暇だな」
「朝一でメインイベントが終わったのに、ここからまだ何時間もあるのか……」
最前列に被り付いていた連中は、これ以降の走者に興味が無いのかぞろぞろと散っていった。それもウチのクラスだけではなく、そこら中で同じことが起こっている。なんてわかりやすい奴らだ。
こんなあからさまな真似をされては、後から走る人たちがやる気をなくしてしまうんじゃないか。ちょっとぐらいは応援する素振りを見せてやればいいものを……。
ここはせめて俺だけでもと思い、グラウンドから出てすぐの木陰にあるベンチで寝そべりながら、心の中で応援することにする。みんながんばれー。
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