第8話
そろそろ暑いと感じる日も多くなってきた頃。
ここでの一大イベントと言えば、そう――衣替えだ。
特に一年生は初めて高校の夏服に袖を通すことになり、気分も新たに……いや、やっぱり別に衣替えはそんなに特別なイベントじゃない。ただ薄着になるだけだ。
だが全校生徒が対象ということはすなわち、そこに奥宮ついなも含まれるわけで……。ついなが薄着になる。やっぱり一大イベントだ。
「うーむ……」
意外と「ある」。これが夏服を着たついなを見ての、率直な感想だった。
パッと見て線が細い体格だし足も細い。なので全体的にスレンダー系なのかと思っていたが……特定の部位においてはその限りではなかった。この俺を欺くとは、とんだ食わせ者よ。
これに関しては衝撃を受けた奴も多かったのか、急に突き刺すような怨念の籠もった視線が増えた気がする。
俺も朝に見たついなの眩しい夏服姿が目に焼き付いてしまい、三限目の休み時間となった今でも鮮明に思い出せてしまう。
「ねーねー、天原くん」
「ん?」
「天原くんってさ、四組の奥宮さんと付き合ってるんだよね?」
「ああ、まあ。そうだな」
俺とついなが付き合ったことになってからもう数日経っているので、さすがに噂も回り切っているようだ。ついなの夏服姿に思いを馳せていると、その件について同じクラスの女子数人から話しかけられた。確か名前は……えーと、まあいいや。
「でもさでもさ、どうやって落としたん? 奥宮さんってめっちゃ告白されて断りまくってたんでしょ」
「どうやってって言っても……。俺が落とされた側だし」
「あ、それマジなん!? はへー……ほほー……」
女子の中の一人が、何やら興味深そうに、あるいは値踏みでもするようにまじまじと見てくる。やっぱ告白したのは俺ということにした方が良かったか。
「天原くんってさ、部活はやってないんだっけ」
「え? ああ、その内バイトしようと思ってるから」
「あー、じゃあ無理だね。中学でもやってなかったの?」
「中学はバスケ部。身長が伸びなくなったから辞めたけど」
「バスケ部かあ、いいねー。天原くん、身長高い方なのにバスケだと駄目なのかー。厳しいねー」
「ああ、まあ……」
「それでさそれでさ、天原くんは――」
な、なんだなんだ。妙に距離が近いし、めっちゃグイグイ来る。他の女子も「急にどしたん、こいつ」と言わんがばかりに引いてるじゃないか。
……これはあれか。すんごいモテてた奥宮さんが選んだ男だから、すんごい良い男に違いない。……みたいな考え方をしてしまうタイプの女なのか?
残念ながら本当に選ばれたわけではないから、別に良い男というわけじゃないんだ……。それにその考え方はいずれ不倫に行き着くから、今の内にやめた方がいいぞ……。
「――へー! 中学あそこなんだー! 私部活で当たったことあるけど、えーと、岸なんとかって子がやたらデカくてさー」
「岸……岸本か。確か女子なのに俺と同じぐらいだったな」
「そうそう、岸本! やー、懐かしいわ。あっ、それでさ、天原くんはバイトって何すんの? 良かったら私が紹介して」
「ちょ、ちょっとエリ、がっつきすぎだって! ほら、天原くんもドン引きしてるよ」
「正気を取り戻そう。相手は奥宮さんだよ」
「そんなんじゃないって! ただちょっと気になるってだけで」
「それが駄目なんだっての」
適当に相手をしていると、いつの間にか女子たちは俺を放置してやいやいと言い合い始めた。このクラスの連中は内輪揉めするのが好きらしい。
さっきみたいなグイグイ来る子はともかく、女子は基本的に俺を恨んでいる可能性がほとんど無いから気が楽ではある。俺はクラス内で変な浮き方をしてしまっているので、是非今後とも仲良くしてほしいところだ。
そして今日から昼休みは、それぞれ友人と一緒に昼食を取る時間ということにした。昼休みも放課後も俺とベッタリでは、ついなの友人関係の構築に問題が生じると懸念したためだ。
俺の方はもう同じクラスの男子は全て手下と敵に別れてしまったからどうにもならないが、せめてついなはちゃんと友達を作って仲良くやってほしい。
「やれやれ……」
手下と敵しかいないなんて、まるで王のようではないか。
放課後になり、教室の窓からグラウンドを眺めつつ、孤高の座に至ってしまった己に溜息を吐く。
眼下では、野球部やサッカー部の連中がゾロゾロと校舎から出てくるところだった。彼らはこれから遅くまで、存分に青春の汗を流すのだろう。
「はあ……」
つい昔を思い出して、思わず溜息が零れる。
俺も中学生の頃はバスケ部の一員として励んでいたものだが、その道は既に断たれて叶わない。体育館は暑いからもう嫌なのだ。
「天原くん。彼女来てるよー」
「ん? ああ、ありがとう」
少し遅くなると連絡があったから何となく黄昏れつつ適当なことを考えていたが、どうやらついなが来たらしい。
部活動への未練を断ち切るように勢いよく窓から離れ、教室の出口へ向かう。ように、というのは実際のところ未練など全く無いからだ。暑いのは無理。
「おまたせー」
「おー。じゃあ行くか」
俺もついなも買いたい物があるという話から、じゃあ放課後に二人で駅の方に行こうということになっていた。これには買い物のついでに、学校の外でも目撃情報を提供しようという狙いがある。放課後デートをしているところを見せれば、俺とついなが付き合ってる説に真実味が増すだろう、ということだ。
一応以前も放課後デートっぽいことをしたことはあるが、あれは自転車で住宅地の方にあるスーパーに行っただけで、デートらしさがあまりなく周囲にいたのも近所のオバサンがほとんどだった。
対して今日は栄えている駅の方にあるビル群を歩き回る予定なので、そこら中に生徒達がうじゃうじゃいるだろう。それに二人でオシャレなテナント等を見て回る様は、どこからどう見ても放課後デートだ。
「この辺は久しぶりに来たけど、なんか来るたびに別の場所みたいになってる気がする……」
「うん。来たことあるのに知らない場所」
いつの間にか知らないビルが生えていたり、知ってるビルでも中身が変わっていたり。地方都市のそこそこ栄えている程度の駅前でこれなのだから、大都会の主要駅周辺は迷路のようになっているのだろう。中途半端な街で生まれ育つことができて助かったと言ってもいいのかもしれない。
「しんじは服だっけ」
「ああ。家で履く用の半ズボン……いや、ハーフパンツだ」
「おー。かっこよく言い直した」
商業ビルの三階にある格安のアパレルショップに入り、半ズボンが物が並べられている一角に向かう。
これから夏を迎えるにあたって、やはり半ズボンは欠かせない。
夏休みは家にいる時間が長くなり、そして家にいる間はずっと半ズボンを履くことになる。不快な夏を快適に過ごすためには、それなりのクオリティの半ズボンが必要だ。
サイズが合うことが大事なのはもちろん、値段の安さや伸縮性、さらに薄さと頑丈さ、あとおまけにデザイン等、求める要素を挙げればキリが無い。
当然全てを完璧に満たす物などこの世に存在するわけがないので、どこをどう妥協して満足のいく買い物ができるか。ここが買い物客としての腕の見せ所だ。
とりあえず手に取ってみた物がちょうどサイズが合いそうだったので、それと同じやつを三本買うことにした。
「え、もう決めたの」
「適当に履く物だから適当でいいんだよ」
野郎の買い物などこんなものだ。さっさと済ませてついなの買い物に向かおう。
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