第7話
二人で登校すると付き合ってるアピールとしてかなり効果的なのではないか。
話し合いではそういった意見もあったものの、お互い朝はかなりギリギリになることが多いし、今後しばらく続けていくことを考えると無理はするべきではない。
そういう結論に至ったため、朝は今まで通り普通に登校することになった。それでも大抵は駐輪場で会うことになるので、付き合ってるフリはそこから始めればいい。というか駐輪場で合流して話しながら校舎に向かうのは以前からやっていたことだ。
「おはよーしんじ」
「ああ、おはよう。奥……じゃなくて、ついな」
「また奥って言った」
「ちゃんと途中で気付いて言い直したからセーフだ」
「えー」
昨日から奥宮さんではなくついなと呼ぶことになったわけだが、やはり今までずっと奥宮さんと言い続けていたのを急に切り替えるのは難しい。こうしてボロを出すのは昨日の話し合いの段階で何度もあり、その度に指摘され続けていた。
「実際昨日の夕方に告白して付き合ったという流れなわけだろ。そこから呼び方を変えることにしたけど、まだ慣れていない……っていうのは自然なことだと思うんだ」
「うーん。そうかな」
「そうなんだよ」
他愛もない話をしながら教室へ向かう。最近はこうしていてもあまりジロジロ見られるようなこともなくなってきたが、噂が広まると果たしてどうなることやら……。
……と思っていたが、特に何事も無いまま放課後になってしまった。何というか、拍子抜けした感じだ。
「うーむ。何か思ってたのと違うな。面倒事がなくて良いんだけど」
「んー? 何がー?」
「いや、もっと騒がしくなると思ってたというか……。周りにはちゃんと言ったんだよな?」
「うん。まだ付き合ってなかったのって言われた」
「…………そういう感じか」
放課後になり、付き合ってるアピールのために割と目立つ中庭のベンチに座って二人で話しているわけだが……。思えば似たようなことをずっとやっていたんだ。今さら騒ぐことではなかったか。
そういえば言い寄ってくる男も既に減っていたという話だったし、とっくに付き合ってると思われてたんだな。
ラブコメ的に考えると、付き合ってるフリをしながら様々な騒動や、すれ違いや勘違いなどから発生する問題を乗り越えることで次第に仲が深まり、やがて本当に結ばれる――といった流れが王道というか、それ以外に考えられない。
なので俺もそれに倣って色々な騒動を乗り越える覚悟を決めていたのだが……騒動の種が一つ、芽を出す前に摘まれていたらしい。
「ねーねーしんじ、これ見て」
「ん? 何だ何だ」
ついながお気に入りらしい動画をスマホで見せてくる。随分楽しそうで……すれ違いや勘違いから問題が発生しそうにないと思うのは気のせいだろうか。
それに疎遠か仲が悪いところから始まり、次第に打ち解けて行って仲が深まって……という流れが王道だとすると、今のこれはどうなんだ。
もう既に仲が良くてこれ以上の進展は望めないというか、すでにゴール地点に辿り着いてるような気さえしてくる。
「あ、そういえば今日も呼び出されなかったし、連絡先も聞かれなかった」
「おお。効果出てるのかもな」
「うん、バッチリ。すごく楽になった」
「それは良かった」
ついなは満足気に頷いているが、その分付き合ってるフリで時間が掛かっているのはいいんだろうか。
適当に何人かスパスパっと断るより、こうしてダラダラと二人で話している時間の方が圧倒的に長いはずだ。
「あとね、チクチク言われなくなった」
「チクチク?」
「なんであんたばっかりーってやつ。あと、すごいねーとか大変だねーとか、嫌味みたいなのも」
「ああ、特定の相手ができてモテまくりじゃなくなったからか」
「そうそう。みんな優しくなった」
「なんかあれだな……今まで本当に色々大変だったんだな」
「うん。だからしんじにフられても失恋のショックで落ち込んでることにする」
何か変なことを言い出した。別に付き合ってるわけじゃない……はずだ。
「それはあれか。俺がもう付き合ってるフリをやめたいって言ったらの話か」
「そうそう」
「でもそれはまた男が群がってくるんじゃないか? 失恋で落ち込んでるところに付け込むのは常套手段だろ確か」
「えー。じゃあしんじのことが忘れられなくて、他の男は絶対イヤってことにする。未練たらたら」
「お、おう……。まあ別に今のところやめるつもりは無いから」
奥宮ついなにそこまで言わせるとは、俺は一体何者になってしまうんだ。超絶スーパーテクの持ち主だとか、女心を知り尽くしたスーパー女殺しなどと噂されてしまうんじゃないか。
「しんじの方は?」
「何も無いな。中間テストの返却が始まって、そっちが話題の中心になってる」
山田や後藤をはじめ何人かを手下にしているのも大きいのかもしれない。俺に対して反旗を翻したところで、すぐに叩き潰す体制が整っている。
「平和がいちばん」
「うむ。俺はテストの点数も平和そのものだぞ。全部ほぼ平均点」
「おー」
俺こそがザ・普通として世に名を轟かせるのに相応しい存在だ。
別にそうありたいと願っても目指してもいないのだが、どうしても可も無く不可も無くといったところに落ち着いてしまう。
だが俺はいいとして、ついなの方はどうなんだろう。赤点を連発して補修地獄などということになったりしなければいいんだが……。
「ついなはどうだったんだ?」
「わたしは平均九十ちょい」
「ほう。俺ほどではないにせよ、なかなか……うん?」
なんだ、今平均何点と言ったんだ。俺が思わず首を傾げたのに合わせて、ついなも同じ角度に傾いて不思議そうにしている。
こんなぽやぽやした感じで平均九十とは、俄かには信じがたい。
「あっ。しんじ、さては疑ってる」
「ああ、めちゃくちゃ疑ってる」
「えー。全然ごまかしもしない……」
ついなは少し溜息を吐いて、鞄をガサゴソと漁って何かの紙を取り出した。テストの答案用紙か。
そのまま「はい」と渡してきたので、恐る恐る点数を確認する。
「九十五、九十六、百、九十八……」
「どや」
なんだ百点って。そんなん小学校以来見てないぞ俺は。
呆然とする俺を見て、ついなは胸を張って鼻高々といった様子だ。
「ついなは来る高校を間違えたんじゃないのか……? こんな偏差値五十ちょいの所じゃなくて」
「ここは近いから。お父さんが、電車通学はやめときなさいって」
「あー……」
確かに朝のラッシュ時に電車に乗るのは、色んな意味で向いてない気がする。お父上の慧眼には感服せざるを得ない。娘のことは誰よりも理解しているといったところか。
しかし何だ……よく見たら字も綺麗だし、いよいよ欠点があるのか疑わしくなってきた。
弁当を食ったときにも思ったが、何かしら落ち度がないとバランスが取れないだろうに。
「うーむ……」
「んー? どうしたの」
「いや……うーむ。うーむ……」
顎に手を当てて、横に座るついなをまじまじと観察する。
容姿に関しては言わずもがなで、おまけに料理上手で学業も優秀。性格も穏やかで優しいし、やはり欠点らしい欠点がどうしても見当たらない。
「え? え? な、何」
「いや、ついなの欠点を探してるんだよ。人間誰しも何か一つぐらいは欠点があるはずなんだが」
「欠点?」
「ああ。料理が上手くて、頭が良くて、字も綺麗だし、運動神経も悪くないよな? となるとあとは……何かあるか?」
ジロジロと見続けられてついなも困惑してるようなので、もう直接聞くことにした。本人に聞くのが手っ取り早い。
「言われたことがあるのは……性格?」
「性格? それは長所じゃないのか」
「能天気で見ててイライラするってたまに言われる。あと話し方とか」
「うーむ。それも長所のような……いや、感じ方は人それぞれか」
となると欠点は人を選ぶ性格、話し方ということか。
「うーん。しんじはどうなの?」
「俺に欠点なんかあるわけないだろ。俺は俺にとって完璧な人間だ」
「おおー……」
多すぎて挙げていったらキリがないから適当なことを言ってみたら、ついなはまた感銘を受けたらしく目を輝かせている。
なんか将来、夢ばかり語る売れないバンドマンにでも引っ掛かってしまいそうで心配だ。
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