第6話
「餌付けは毎日やるとありがたみが減る。たまにだからうれしい」
そんな奥宮さんのアドバイス通り、餌付けは何日か間を空けて実行するようにしている。
今回のお菓子はやたらとゴツゴツしてザクザクした食感のチョコ菓子で、奥宮さんチョイスではなく俺がネットで評判を調べて試しに買ってみたものだ。
自分で食べてみるとこれがまた美味しかったものだから梓にもあげてみたのだが、反応は上々だったように思う。
なんせ「……がと」と聞こえたのだ。ついに「が」が増えたので、着実に関係は改善していると言っていいはず。
その一方で、奥宮さんの相談はめっきり減っていた。
最初は一日に三人だのダブルブッキングだのと大変そうだったが、最近はもう0人になることも珍しくなくなっている。これは恐らくもう一通り済んだということなのだと思う。
そうなると相談役の俺もお役御免ということになってしまうが……まあこれは仕方ない。少し寂しい気がするものの、奥宮さんが落ち着いて過ごせることを喜ぶとしよう。
そう思っていた矢先、放課後に奥宮さんからぽいっと爆弾が放り投げられた。
「わたしとしんじは内緒で付き合ってるんだって」
「んえ? 俺と……ええ?」
「そういう噂」
「ああ、噂か……」
今日はまた相談が必要な何かがあったのかと思ったら、問題の原因は俺だったか。確かに何度もこそこそと人気の無い方に二人で歩いて行く姿を見られているのだから、いくら釣り合っていなくてもそう勘違いされてしまうか。
「つまりその噂を払拭すればいいのか。にしてもどうやって……?」
噂は新しい噂で上書きするのが手っ取り早いが、その場合は奥宮さんが誰かと付き合うことになる。
それが無理なのだとしたら、一旦疎遠になって忘れられるのを待つしかないか。
「ん、うーん。払拭というか……えっと」
なんだ、違ったのか。奥宮さんは珍しく言い辛そうに、俯いてもじもじとしているが……一体何事なんだ。
「わたしがしんじと付き合ってるから、言い寄ってくる人が減ってるんだって。チカが言ってた」
「……あ、そういうことだったのか」
「そう。それですごく楽になった」
チカとは奥宮さんと仲の良い友達だったか。その子の分析だが……これは間違っているとは思えない。男ができたから大勢が諦めたというのは、この上なく自然な話だ。まあただの勘違いなんだが。
「だから、その……しんじが嫌じゃなかったら、噂はそのままにしてもらえると、嬉しいというか……」
「なるほど」
これを言い淀んでいたのか。
奥宮さんにとっては男避けできてメリットしかないが、俺にとっては彼女ができるチャンスが激減するデメリットしかない。多分そんな風に考えているのだろう。
「それで、これは本当にちょっとでも嫌ならいいんだけど……。むしろ逆に噂を補強したいかなって……」
「補強? 噂を……あ、意図的に付き合ってるフリをするってことか。つまり……偽の彼氏彼女?」
「そ、そう」
「ふーむ」
確かにそれなら奥宮さんが毎日困っていた言い寄られ過ぎ問題は、一発でズバッと解決だ。
ただ問題は俺の方にあり、これでいよいよ本当に彼女ができなくなる。やっかみも相当キツいものになるはずだ。だから奥宮さんも遠慮がちというか、断られるのが当然という頼み方をしているのだろう。
だが当然俺に断るという選択肢は存在しない。こんな激熱イベントを逃してたまるものか。
付き合ってるフリをするのはラブコメの超ド定番イベントで、こんなのは実質本当に付き合うまでの予行演習をやるようなものだ。
……またラブコメだのと考えてしまったが、そろそろ否定するのも馬鹿らしくなってきた。こんなわかりやすいイベントまであるならもう認めてやる。ただの痛い勘違いだったとしても損はないんだし、俺はラブコメの流れに全乗っかりするぞ。
「あ、駄目なら別にいいから。しんじに迷惑が」
「いや、別にいいぞ。やろう」
「え? いいの?」
「おう。何か面白そうだし」
「おおー……」
俺に一方的に負担を強いていると思えば、奥宮さんも心苦しく感じてしまうだろうから、少々軽い気はするものの面白そうだからやるということにしておく。
「でも付き合ってるフリって具体的にどうすればいいんだ? 誰かと付き合ったことが無いからよくわからん」
「うーん。私もない」
「……まあ今のところは適当にそれっぽくするだけでいいか。なら……まずは呼び方か」
「呼び方?」
「奥宮さんはそのままでいいとして、俺の奥宮さんという呼び方はちょっと微妙だな」
「あー」
奥宮さんは話すようになってすぐしんじしんじと呼んできていたが、俺の方はずっと他人行儀のままだった。だが、いよいよ足並みを揃えるときがやってきたようだ。
「うーむ。…………ついな」
「わ」
唐突に下の名前で呼んでみると、奥宮さん……いや、ついなは少し目を丸くして驚いた。
「そっちがずっとしんじしんじと呼んでるからな。俺もついなついなと呼ぶのが自然なはず」
「うん。それはずっと思ってた」
「そ、そうなのか」
互いの呼び方の差は、付き合うフリをする前から気になっていたようだ。それならやはり今日から名前で呼ぶことにしよう。
「じゃあ呼び方を変えて、他にも基本的には何でもやるつもりではいるが……一つ俺にはできないことがある」
「何でも」
「そこには食いつかなくていい。俺にできないのは、広報的なやつだ」
「コーホー?」
広報が伝わらなかったのか、ついなはきょとんとした顔で首を傾げている。
か、可愛……いや、ちょっと話をするだけでたじろいでいては、到底恋人のフリなど続けられない。
どうにか平静を装って自然体で話を続けなければ。
「そう、俺たち付き合ってます的なことを周りの人に知らせることだ。これだけはちょっと無理」
「あ、広報。……なんで無理?」
「本当は付き合ってないのに、あの奥宮ついなと付き合ってるんだぜと俺から言い触らすのは、なんか見栄を張ってるみたいじゃないか」
「うーん?」
ついなはピンと来ていないようだが、これだけは勘弁してもらいたい。
「聞かれて肯定するのはできても、自分から言い出すのはちょっとな。だから周りに広めるのはそっちでやってもらいたい」
「うーん。わかった」
よくわからないけどわかった。そんな感じでついなは頷いた。わかってないけどわかってもらえて何よりだ。
「ならこれで話すことは……いや、ディティールも詰めておかないといけないな」
「ディティール?」
「そう。いつどこでどっちから告白したのかとか、そういう聞かれそうなことを擦り合わせておかないと」
「あー。じゃあ、私がいまここでしんじに好きって言ったことにする」
「お、おう。それで俺がオッケーしたと」
そういうことになった。これは俺からにした方が自然なんじゃないかと思ったが、頼む側としてはせめてそれくらいは自分の方から、という気持ちなのだろう。別にこだわるようなことでもないのでこれで良しとする。
「よし、じゃあ明日は付き合って二日目というわけだな。それを踏まえて作戦を練ろう」
「うん。なんかしんじ……本当に楽しんでる」
「そりゃこんなことなんて一生に一度あるかないかなんだし、せっかくなんだから楽しんだ方が得だろ。それに学校全体をペテンにかける悪巧みをしてるようなものだと考えたら、なんかわくわくしてこないか?」
「おおー。楽しいかも」
ついなは目を輝かせて喜んでいる。どうやらこういう前向きな言葉が好きなようだ。
そうして二人であれこれと、明日だけでなく今後どうしていくかを遅くまで話し合うことになった。
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