第4話

 奥宮家秘伝の味を確かめるべく、慎重にじっくり咀嚼する。

 貰ったのは何の変哲もない卵焼きだが、果たしてお味のほどは……?


「んむんむんむ……むむ、美味いな……」

「ほんと? よかった」

「うむ。単純な料理だからこそシェフの腕前がわかるというものよ。どうしてこれはなかなか……このワシを唸らせるとは天晴よ」

「おー、美食家の人だ。じゃあこれはー?」

「ふむ、どれどれ」


 奥宮さんはなんだかご機嫌で次々と蓋の上に乗せてくる。それがまたどれも美味いものだから、ついつい俺も全部食べてしまう。

 そうして結局小さい弁当箱の中身を、二人で仲良く半分に分けて食べるような形になってしまった。


「なくなった」

「うおお……なんか、悪いな。ちょっと食べすぎてしまった」

「んー、別にいいよー。お父さんとお母さん以外に食べてもらうの初めてだったから、感想が聞きたかったし」

「……んん? その言い方だと、あたかもこの弁当を作ったのが奥宮さんだということになるけど」

「あたかもじゃない」


 あれ、この様子だと本当に自分で作った弁当を持ってきていたのか。

 だがこれは俄かには信じがたい。美少女キャラというのはバランスを取るために、何というか、メシマズ的な欠点も付いてくるものじゃないのか。

 ……って、またやってしまった。奥宮さんは何かのキャラなんかじゃなくて、一人の人間なんだ。可愛くて料理ができたって何もおかしくは…………やっぱおかしいな。こんなぽやぽやした感じでテキパキ料理をする姿が全く思い浮かばない。


「こんなぽやぽやした感じでテキパキ料理をする姿が全く思い浮かばない」

「あー、よく言われるやつだ」


 しまった。思ったことをそのまま口に出してしまった。でもやっぱり同じようなことをよく言われるらしい。


「いや、朝の弁当って時間が無い中でババババーっと作るものだろ。どうにもイメージにそぐわないというか」

「うん、ババババーはむり。ちょっと早く起きてゆっくり作ってる」

「なるほど、それなら納得できるな。ということは、いつも朝遅いのも弁当に時間を使ってるからか。……なんか偉いな」

「うーん。料理は趣味だから」

「はへー……」


 こんなに可愛いくて穏やかな性格で、手間暇かけて料理を作るのが趣味だと? まるで男の勝手な理想を詰め込んだような子だ。

 その後は二人で教室の方へ戻る。連れ立って歩いているとまた何か言われそうな気がするが、寝ている俺を起こして連れ出す一部始終を目撃されているので今さらだ。もう開き直るしかない。

 奥宮さんと別れて教室に戻ると、案の定また囲まれてしまった。


「よう天原。どこ行ってたんだ?」

「というか……今二人で戻ってきてたよなあ?」

「遺言なら聞いてやるぞ。五秒までな」


 フン、また負け犬共が見苦しく徒党を組んできたか。だが俺にも手下がいるんだぞ。


「そういえばさっき話の流れで、後藤ってやつが宿題を見せてくれたと話したな。頭が良くて優しい男だという印象を残せたはずだ」

「さすが天原だ。お前を信じてよかった」

「あとは面白い奴として何人かの名前を出したな。確か、えーと」


 実際には後藤の名前など全く出していない。相談が終わった後はずっと弁当の味を褒め称えていただけだ。

 だがこいつらにそれを確かめる術などあるはずもないので、さらに指折り数えて適当に何人か仲間に付ける。


「お、俺か? 俺だよな!」

「面白いと言えば俺だろう! そうだよな!?」

「お、お前ら! 抜け駆けするつもりか!」

「うるせえ、お前らは指咥えて見てやがれ! 俺は天原とマブダチになっておこぼれにあずかるんだ!」

「矜持を捨て去ったか! 誇りを失った先に何があると言うんだ!?」

「てめえらのどこに矜持や誇りがあるんだボケナス共が!」


 一丁上がりだ。あとは負け犬同士で俺を巻き込まずに潰し合ってくれればいい。

 そして俺は奥宮さんから弁当を半分だけ貰って、少しではあるが腹が満たせたので昼寝を…………いや、やっぱおかしいな。またトントン拍子に仲良くなってしまった。頼めば俺の分の弁当を作ってくれる可能性もゼロではないような気さえする。


 もちろんこれは俺にとって良いことなので流れに逆らうつもりは全く無いのだが、こうしてわけもわからないまま恵まれた状態にあると、いつかわけもわからないままそれがなくなりそうで恐い。

 なぜこうなっているのかを知ることができれば、それがなくならないように対策を取れるんだが……。奥宮さんにとって俺の顔が好みのタイプだったとか、そういうことなんだろうか。

 それほど好かれるような顔をしているとは思えないが、他に何も無いなら見た目ぐらいしか残っていないのも事実。だとするなら、顔は変わらないのだから何も心配する必要もない。


 そうやって自分を無理やり納得させてから午後の授業を何とか乗り越え、ようやく放課後を迎えることができた。いやあ、今日は本当に長く感じる一日だった。

 あとはさっさと帰ってさっさと寝る、と言いたいところだが、最速で帰ると梓と玄関前で鉢合わせてしまう可能性が高い。リビングで顔を合わせるのはもう仕方ないにしても、玄関前でどっちが先に家に入るのか無言で譲ったり譲らなかったりするのはもう御免被りたい。

 よって、いつものように少し時間を潰してから帰ることにしよう。……よし、駐輪場のところにあるベンチに座って一眠りするか。


「あれ? しんじ? また寝てるの?」

「んむ」


 何か呼ばれた気がしたので顔を上げると、目の前に奥宮さんの顔があった。せっかくのドアップなのに寝起きで目がぼやけてよく見えない。


「あ、起きた。おはよー」

「んー。……今何時?」

「えーと、四時半」

「てことは一時間ぐらい寝てたのか……」


 立ち上がってグッと体を伸ばすと、クラッときたのでまた座る。脳貧血というやつだ。

 奥宮さんは俺の意味不明な行動に首を傾げながらも、なぜか帰らず隣に座った。また何か相談があるのか。


「……あれ? そういえば何でこんな時間まで残ってるんだ? どっちも行かないことにしたんじゃ」

「よく読んでみたら片方は中庭だったから。人気の無い場所じゃないなら行った方がいいかなーって」

「おお、優しいな……」

「うーん。優しいというか、しんじが逆恨みは恐いって」


 ああ、極力穏便に済ませに行ったのか。やっぱりモテすぎると大変だ。


「それで? また何か面倒なのが来たのか?」

「んー? もう何もないよ?」


 なんだ、また相談するわけじゃないのか。……じゃあ特に用があるわけでもないのに隣に座ったということになる。どういうわけだか、本当に気に入られているようだ。

 そういうことならせっかくなので何か話したいところだが、残念ながら用が無いと何を話せばいいのかわからない。

 うーむ。なら逆に俺の方から相談してみるか。


「なあ、一つ聞いてほしいことというか、相談があるんだが」

「んー? 私に? なになにー?」


 奥宮さんは何を相談されるのか興味津々といった様子だ。……まあ何というか、あまり誰かから何かを相談されるような感じには見えないので、これは珍しい機会なのかもしれない。


「ああ、義理の妹のことで悩んでるんだ」

「……義理の。へー……」


 一つ年下の義理の妹と全く打ち解けられず、気まずくて仕方がない。おまけに美形のギャル予備軍といった感じで、全く話が合わなさそう。なので今のところ現状維持していくつもりだが、もし関係を改善するとしたらどうすればいいのか。

 そんな感じにざっと話してみると、奥宮さんはいつもの遠い目で空を眺めだした。アドバイスの内容を考えているのだろうか。

 そのまま少し待っていると、やがて奥宮さんはぽつりと呟いた。


「うーん、義理の妹。とてもレア」

「ああ、まさか俺に妹ができるとは半年前まで想像もしたことがなかった」

「うん。でもレアな子だからレアな対応が必要かというと、そんなこともないと思う」

「確かに。それはそうだ」

「だからここは……餌付けしかない」

「餌付け」


 思わずオウム返ししてしまったが、奥宮さんはしっかり俺の目を見ながら自信ありげに頷いた。聞き間違いではなかったようだ。


「餌付けというと、動物に餌をやって懐かせる……あの餌付けか」

「そう。義妹も人間。人間は動物。なら餌付けも効果てきめん」

「ふーむ……」


 俺が餌付けしようとしても、梓キャットはぷいっとそっぽを向いて立ち去るイメージしか湧かないが……。それでも義妹は女の子で、奥宮さんも同じ女の子だ。男の俺が考えるよりは正しいのかもしれない。

 餌付けを実践してみるか。

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