第3話
「いや、寝るな! この状況でよく無視して寝ようと思えるな」
「んー……」
何なんだ一体。どういう了見でこの俺の睡眠を妨害しようというのか。事と次第によってはただじゃおかないぞ。
「なあ天原。お前、奥宮さんとどういう関係なんだ。キリキリ吐け」
「そうだ、皆のついなちゃんを独り占めするなど許されないぞ」
「今すぐ手を引くなら許してやらんこともないが、どうするんだ」
男共は激情に身を震わせ目を血走らせながらも、努めて冷静さを保っているかのように俺を詰ってきた。事と次第によっては大変な目に遭ってしまいそうな凄みがある。
しかし奥宮さんとどういう関係も何も……何だっけ。えーと、そうだ。何か男関係の相談に乗ると約束した間柄だ。だがこれをどう説明すればいいのかわからん。
「というかお前、なんだよしんじーって。奥宮ちゃんに、な、な、名前で……!」
「そうだ。皆のついなちゃんから、お前だけ特別扱いされるなど許されないぞ」
「今すぐ手を引くなら半殺しで済ませてやるが、どうするんだ」
……そういえばふらふらと教室に歩いている途中にも、しんじーしんじーと何度も呼ばれていたような気がする。
そうか、こいつらは揃いも揃って奥宮城の外で朽ち果てている敗残兵で、今朝のあれが奥宮城の天守閣に天原とでっかく書かれた旗が掲げられているような状態に見えたわけだ。これは助からない気がしてきた。
「待て、別に特別な関係とか独り占めとかじゃない。ただ天原と呼び難かっただけだと思う」
苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、実際そんな感じなんだから仕方ない。上手く頭が回らないが、何とか弁明しなければ。
というかそもそも何だこれは。可愛い女子と仲良くして男が嫉妬で怒り狂う、なんてのはラブコメ漫画の世界でしか起こらない出来事だろう。
「それではいそうですかと引き下がると思ってるのか?」
「抜け駆けしようとする異分子は排除するまでよ」
「……なあ、それを言うなら山田も抜け駆けしようとしてなかったか? ただ断られただけで」
「おい、今それはいいだろ。大事なのは天原を討伐することだ」
「そうだ、よく考えたらそこら中が異分子だらけじゃないか。誰も信用できないぞ」
なんか勝手に内輪揉めが始まり、俺を囲みながらやいのやいのと言い合っている。……よし、切り崩すならここだ。
「まあ待てお前ら。確かに俺はお前らよりも奥宮さんと少し仲が良い。それは事実だ」
「ほーん? 遺言はそれでいいのか?」
「内ゲバやってる場合じゃねえ。まずはこいつを消さないと」
なんて血の気の荒い奴らだ。こんなのとクラスメイトになってしまうとは。
「だから待て待て。つまり俺は……お前らについて奥宮さんに、あることないこと吹き込むことが可能なんだ」
「ば、馬鹿な……」
「この野郎……!」
全員の動きがぴたっと止まった。よし、いける。
「うちのクラスの田中はどうしようもない奴で、とんでもない変態野郎なんだ。なんでも中学の修学旅行で女風呂を覗いたらしい、とか」
「お、俺……!? そんなことするか! そんな度胸も無いわ!」
「うちのクラスの後藤はなかなか良い奴で、勉強ができるし運動神経も良い。彼氏にするならああいう男が良いんだろうな、とか」
「天原、宿題やってきたか? 見せてやるよ」
「あっ、後藤! お前寝返るつもりか!?」
「うるせえ、負け組とつるんでても負け組のままじゃねえか! 俺は天原の下に付く!」
「見下げ果てた奴だ……!」
フン、敗残兵どもが見苦しく揉めておるわ。この俺に歯向かうなど十年早かったようだな。
「ふーむ。吉川は手の付けられない乱暴者で、クラス中から嫌われているようだな」
「なっ!?」
「山田は……まあ頭が良くてクールな奴ということにしておくか」
「これまでの非礼をお詫びしよう」
「西本は影の薄い奴で、クラスで浮いているぼっちにしよう」
「や、やめろ!」
一人ずつ斬って捨て、あるいは仲間に引き入れることで結束をガタガタにしてやる。負け犬共を蹴散らすなど造作も無いことよ。
ただ実は俺と奥宮さんがそこまで仲が良いわけではないという点が問題だが、とにかく今日だけでも俺への追及がなくなればそれで良い。この休み時間はもう無理としても、次の休み時間にも囲まれては困る。俺は寝るんだ。
そうして寝たり起きたりを繰り返して迎えた昼休み。
ここまで来るともう眠たいというよりもダルい。何だかとにかく元気がなくてグッタリしてしまう。
混んでいる学食に行く気力も無いので、眠たいわけではないがまたしても突っ伏して寝ることにした。
「しんじー、しんじー」
右の方から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。さらに右肩の辺りをてしてしと叩かれている。
俺の席は廊下側の窓のすぐ側にあるので、これは廊下から誰かが俺を呼んでいるのか。
起き上がって右を向くと、目がかすんでいてよく見えないが、多分奥宮さんらしき人が窓から手を伸ばしているように見えた。
「あ、起きた」
「んー」
何の用なんだ一体。……いや、例の相談か。
連絡先を交換したのだから、スマホであれこれやり取りする形になると思っていたが、まさか直接教室までやってくるとは。
周囲を見回すと、何か教室中の生徒がこっちを見ている……ような気がする。あまり現実を直視したくないので、目がかすんでいる間にさっさと教室の外に出ることにした。
「しんじ、こっちこっち」
「んー」
奥宮さんにブレザーの袖を引っ張られてどこかへ連れて行かれる。人目を避ける必要があるということは、やはり例の相談だったか。
「あれ? お昼ごはんは?」
「んー……今日は食わない。ダイエットだな」
「えー? 太ってないのに」
学食に行っていないから弁当か何かを持ってきていると思っていたのだろう。だが奥宮さんが小さく可愛らしい巾着袋を持っているのに対して、俺が手ぶらで歩いていることに気付いたようだ。奥宮さんは俺のブレザーの袖を持ったまま振り返り、俺の顔から足まで見てから「なんでダイエット?」と言いたげに首を傾げた。うーん、可愛い。
そんなやり取りをしつつ各クラスの教室が入っている校舎から、渡り廊下を通って理科室や家庭科室といった実習系の教室が入っている校舎へ。
当然昼休みにこんな所へ来る生徒などほとんどいないので、密談にはうってつけの場所だ。さらに音楽室の前の廊下には、何脚か椅子が並べられている。ここで飯でも食いながら話そうということか。
「ダブルブッキング」
「あー……」
奥宮さんは彩り鮮やかな小さく可愛らしい弁当をちびちび食べながら、便箋を二つポケットから取り出した。同じ時間に別の場所に呼び出されたらしい。
「むり」
「だな。一応どっちかに時間をずらしてもらうように頼むという手もあるにはあるけど。無視して逆恨みされるのも恐いし」
なぜ一方的に呼び出された側がそこまでしてやらないといけないのか、という気もしなくもないが……。穏便に済ませたいならそうするしかない。
「うーん……。名前書いてないから、誰に言えばいいのかわからない。渡されたのも人伝だし」
「ええ……。ならもう両方行かなくていいんじゃないか。誠意を見せない相手に誠意を返す必要も無いだろ」
「おおー」
どこの誰かも書かずに、時間を取らせて人気の無い場所に呼び出すのはさすがによくない。呼び出される側を思いやる気持ちがあれば、そんなことはしないはずだ。
「あっさり解決した。しんじはすごい」
「いや、解決っていうか、うーん」
解決どころか全てを放り投げただけだが、奥宮さんは満足そうなので別にいいか。やはりあんまり雑に扱うと逆恨みが恐いと言えば恐いが……それは出向いて断っても大して変わらないだろう。
ともかく相談は終わったのでもう教室に戻ってもいいのだが、奥宮さんは解散せずここで弁当を食べ続けるつもりのようなので俺も残ることにした。
かといってやることもないので何となく奥宮さんが弁当をもきゅもきゅ食べている姿を眺めていると、顔を上げた奥宮さんと目が合った。そりゃじっと見続けていたらそうなるか。ただ弁当を食っているだけで絵になる可愛さが悪い。
「んー? あっ……食べる?」
どうやら弁当欲しさにじっと見ていると勘違いされたようだが、俺が見ていたのは弁当じゃなくて顔だ。なので当然ここは遠慮しておく、と言いたいところなのだが……他所の家の弁当というものにちょっと興味があったりもする。ましてやそれが奥宮家ともなれば尚更だ。
「い、いいのか? ならちょっとだけ……」
「うん。えーっと、うーん」
「蓋か何かに乗せてくれれば、それでいいぞ」
俺にどう渡すかで困っていたようなので、箸で弁当箱の蓋に乗せてもらってそのまま口に放り込む。いきなり「あーん」をするほど浮世離れしていなくて何よりだ。
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