第2話

 あれよあれよという間に奥宮さんと距離が縮まって薄気味悪い。

 校門を出たところではそう思っていたものの、家に着く頃にはそんな考えは綺麗さっぱりなくなっていた。

 何せ、俺にとって不都合な点が全く無いのだ。このまま距離が縮まり続けて、最終的にくっ付いたとしても全く問題無い。それどころか歓迎したいぐらいだった。


 今まで生きてきた中で、最も顔が良いと断言できるレベルの美少女。

 話してみても性格が悪いとも合わないとも思わなかったし、一見すると無表情だがちょっとした身振りに愛嬌も感じられる。

 問題があるとすれば、どう考えても俺とは釣り合わないという点ぐらいだ。


「まあ顔だけならうちの義妹も良い線いってるんだけども……」


 家に着いてしまったので、自転車を停めて玄関のドアを開ける。これだけ遅くに帰ったのなら、義妹……梓はリビングではなく自室にいるとは思うんだが……。


「ただいまー」


 恐る恐る、だがそれをおくびにも出さず堂々と家に入る。舐められたら負けだ。俺はビビってなんかいないぞ。


「……」


 いた。玄関から入ってすぐのところにある、リビングのソファーに座ってスマホをいじっている。二階に自分の部屋があるのだから、そっちでくつろげばいいものを、なんでいつもそこにいるんだ。そんなにそのソファーが気に入ったのか。

 梓は俺をチロリと一瞥しただけで、またスマホの方に視線を落とした。


 うーん。完全に無視された形だが、別に俺も梓に向けて言ったわけではないから何とも……。返事をされてもそれはそれで困っただろうし、気にしないことにして手洗いうがいを手早く済ませて、さっさと二階の自室に入る。


「いやー、わからん」


 この齢にして新しくできた一つ下の妹との接し方が全くわからん。

 いっそ割り切って、このままお互い干渉せずやり過ごすのも一つの手かもしれない。恐らく梓の方はそれを実践しているのだろうし、俺も何も考えず乗っかるべきか。


 天原梓。いかにも一軍バリバリといった雰囲気がある中学三年生の女の子で、今でこそ中学生らしく黒髪ロングのそれなりに落ち着いた出で立ちだが、いつかギンギラギンのイケイケギャルになるに違いないギャル予備軍だ。

 俺としてはこのまま成長して清楚系ギャルになってほしいところだが、果たしてどうなることやら。なお、もしヤマンバになろうとしたのなら多少気まずくても止めるつもりだ。


 だが梓が将来どんなギャルになるかはこの際どうでもいいとしても、問題なのは梓がなんと奥宮さんに比肩するほどの顔面の持ち主であるということだ。

 一つ下の義妹が突然できるというだけでもおかしいのに、それがスーパー美少女となると……こんなことが現実で起こり得るものなのか? まあ実際そうなってるやろがい、と言われれば返答に窮するんだが……。


「……そう考えると気まずいのはむしろ助かるのか」


 これで梓が「お兄ちゃん好き好きー」という感じなら、いよいよこの世界を現実と認められなくなるところだった。

 父さんと……義母の明子さんには悪いが、割り切ってこのままいくか。

 しばらくダラダラと過ごした後、一階から俺を呼ぶ声が聞こえたので部屋を出る。


 一階に下りると、少し前に「もうすぐ四人家族になるんだから、ちゃんとしたテーブルがいるよな」などと言って、父さんがウキウキで買ってきた四人掛けの少しお高いテーブルで、既に俺以外の三人が席に着いていた。

 父さんの隣、梓の向かいに座って、いざ緊張の食事開始だ。


「……」

「……」

「……」

「……」


 一日で最も気まずいのは、この一家四人が全員揃う夕食時だ。

 再婚し同居することになった日に父さんが提案した、毎日夕食だけは揃って食べるようにしよう、という決まりをこうしてずっと実施しているわけだが……。いい加減諦めてそれぞれ好き勝手に食ってもいいんじゃないか。


 ただそれを認めるといよいよバラバラになってしまうだろうから、何としてもこの夕食だけは守りたいのだと思う。

 恐らく当初思い描いていたであろう家庭像とは違う感じになっていて、その辺りは申し訳なく思わないでもないが……。やはり思春期の男女を一つ屋根の下に住ませるということを、父さんは甘く見過ぎていたということだ。


「……な、なあ。神次は高校、どうなんだ? そろそろ慣れた頃だろう?」

「ん? ああ、まあ。どうと言っても、別に普通ではあるけど」


 沈黙に耐え切れなくなったと思われる父さんから話を振られるが、これは別に冷たくしているわけじゃなく答えようがないだけだ。

 特筆すべきことは奥宮さんの件しかないが、さすがにわざわざ親に話すようなことでもない。そして何より、同じ質問を毎日されてしまっている。もうとっくにネタ切れだ。


「……梓は中学校でどうなの? 転校して大変でしょうけど、そろそろ慣れたかしら?」

「うん。もう普通だよ、普通」


 あちらの母娘も同じようなことをやっている。毎日のように学校のことを聞かれているのも同じだ。梓も最初の方こそ多少詳しく話していたが、今では全てを普通の一言に集約するようになっていた。


「ふう……」


 夕食を食べ終え、風呂にも入って歯磨きして部屋に入る。ここまで来れば今日のところはもう大丈夫だ。

 一番大事なのは、風呂上がりの梓に遭遇しないこと。いつもよりかなり薄着の、ホカホカに上気した色っぽい姿を初めて見てしまったときは、つい見惚れてその場で立ち尽くしてしまったものだ。そしてそのまま俺が梓に通せんぼする形になってしまい、しばらく経ってから我に返ったときの気まずさといったらなかった。


 明日の学校の用意も済ませ、適当にスマホでネットを巡回していると、隣の部屋から少し物音が聞こえてきた。梓が風呂から上がって部屋に戻ってきたらしい。

 薄い壁を一枚隔てた向こう側には、あの風呂上がりの梓がいるわけか。


「……」


 やっぱり再婚に踏み切るのは早かったんじゃないだろうか。子供を作るとなると時間的猶予が残されていなかったのかもしれないが、俺と梓を同居させるのは色々と問題があると思う。


 朝はいつも梓と朝食の時間をずらすために遅めに用意しているが、今日は悶々として寝付けなかったせいで普通に遅くなった。

 ぼけーっとしたまま一人で朝食をモサモサと食べ、まだ目が覚めないまま出発。高校を近さで選んで本当に良かった。


 今日も今日とて駐輪場の手前側はぎっしり埋まっているので、空いている奥の方に自転車を停める。この辺りは何となくそれぞれの定位置というものができてきた気がする。あそこの柱の横はあの自転車、ここのど真ん中にこの自転車、といった具合だ。


「あ、えーと、しんじだ。おはよー」

「ん? ああ、おはよう……」


 いきなり話しかけられた動揺を何とか抑え込んで返事をする。挙動不審になってしまいそうなところを、眠たさを前面に押し出して隠すイメージだ。昨日寝付けなくて助かった。

 奥宮さんも俺とほぼ同時に登校してきたようで、やはり駐輪場の奥側の常連らしく、昨日と同じ場所に自転車を停めている。


「んー、ねむい」

「なー」


 奥宮さんはやはり見た目通り朝に弱いようで、いつもよりぽやぽやしているように見える。そして今日は多分、俺も同じような感じになっているだろう。

 ねむいねむいと言い合いながら、一緒にふらふらと歩いて校舎の中に入る。一年の教室は四階にあるのが面倒極まりないが、俺の一組は四階に上がってすぐなのでほんの少しだけマシだ。奥宮さんの四組は二組と三組の向こう側なので、まだ十秒以上歩かなければならない。


「あー、しんじずるい」

「一組が一番えらいからなー」

「わたしも一組がよかったー」


 自分でもわけのわからないことを言いながら教室に入り、席につくと突っ伏して寝る。俺は授業はちゃんと受ける派なので、スキマ時間でキッチリと寝ておかなければならない。

 そのままホームルームも寝たままやり過ごし、一限目が始まってからは必死で目を開き続け、どうにか寝ずに授業を終えたところで、何故かクラスの男共に素早く囲まれてしまった。

 何が起こっているのかよくわからないが、休み時間の十分は貴重だ。また寝るとしよう。

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