俺の卵
角山 亜衣(かどやま あい)
産卵する女
頭痛で目が覚めた。
昨夜、飲みすぎたせいだ。
隣には裸の女が寝ていた。
知らない女だ。
女は穏やかに、満ち足りた表情で微笑んだ。
「受胎することができたわ」
今、何て言った?
女は満足そうに、お腹を撫でている。
「ちょっと待ってくれ。俺は――」
女はベッドを降り、床に落ちていた服を拾い上げた。
「あ……、産まれる」
女は、何の前触れもなく、
卵を一つ、床に産み落とした。
鈍い音がして、卵は転がり、止まった。
女はそれを拾い上げ、両手で包み込むように持った。
「大切に育ててね」
そう言って、女は卵を俺の手に乗せた。
そして女は何事もなかったように服を着て、部屋を出ていった。
名前も連絡先も残さずに。
俺はベッドに座ったまま、手のひらの卵を見つめる。
スーパーで売っている卵と、何も違わない。
賞味期限を告げる日付まで刻印されている。
何も、違わないはずだ。
アメリカンジョーク?
一夜を過ごしたあとに、卵を産み落とすアメリカンジョークなど、聞いたことがない。
IT技術は日進月歩、進化を続ける世の中だ。
もしかしたら、俺が知らないうちに常識も変化して……
そんなワケはない。
一応、AIに相談してみる。
『人間が卵を産むことはありますか?』
> 人間がニワトリのように「卵を産む」ことはありません。
うん、知ってた。
さて、どうする。
捨ててしまおうか。
いや、しかしだ。
万が一、あの女が宇宙人か何かで、
この卵は俺と交わったことで誕生したのであれば……
これを無下に扱ったことで宇宙戦争の火種にもなり兼ねない。
俺は世界の命運を握らされたのかもしれない。
もう一度、AIに相談してみる。
『卵を産む宇宙人とか、いる?』
> います。「物語の宇宙」には、わりとたくさん。
超有名な、あの映画の卵画像が表示された。
形状からして、アレが産まれてくることはないと思うが……
時間が経つにつれ、好奇心が勢力を拡大していく。
いいだろう。
育ててやろうじゃないか。
リサイクルショップで白熱電球のスタンドを買ってきた。
スタンドの下に卵を置き、電源を入れる。
「暑くないか?」
卵に語りかけている自分を、フッと笑ってしまう。
卵は動かない。
それでも俺は、
朝起きては卵を確認し、
仕事から帰っては卵に声をかけた。
「ただいま。元気にしてたか?」
三日が過ぎ、四日が過ぎたが、変化はなかった。
夢を見た。
卵が割れて、中から俺の顔をした小人が現れる夢。
目覚めてすぐに卵を確認するが、変化はなかった。
二週間が経とうとしていた。
卵に刻印された、賞味期限が迫ってくる。
もしかしたらコレは、“賞味期限”ではなく、孵化する日付なのではないか?
そんな期待がよぎる。
そういえば、冷蔵庫の卵も“賞味期限”が近いはずだ。
あの女と一夜を共にした前日くらいに、近所のスーパーで買ってきた卵だ。
冷蔵庫から取り出した卵には、
俺の卵と同じ日付が刻印されていた────。
俺の卵 角山 亜衣(かどやま あい) @Holoyon
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