Holly Nightに口づけを!

南條 綾

Holly Nightに口づけを!

 大通りの両側に並ぶ木々が、無数の小さな電球で飾り立てられてる。

青白く輝く光が枝から枝へ連なって、まるで星の川のように流れていた。

赤と金色のライトが交互に点滅し、歩道を優しく照らすアーチ状のイルミネーションが頭上を覆い、まるで光のトンネルの中を歩いているよう。


 遠くのビルには巨大なツリーの投影が揺らめき、街全体が息づくようにきらめいている。

冷たい空気に混じる甘いキャンドルの香りと、遠くから聞こえるクリスマスソングが、幻想的な雰囲気をさらに深くする。


 そんなきらめく光の海の中で、隣のことみの横顔をちらりと盗み見る。息が白く舞い上がり、頰が少し赤く染まっているのは、寒さのせいか、それとも……このロマンチックな夜のせいかな。



「綾、ちゃんと見て歩かないと転ぶよ?」

ことみがくすっと笑って、私の手をぎゅっと握り直した。


 今日は学校帰りに待ち合わせて、初めてのクリスマスデート。

制服の上にコートを羽織っただけなのに、胸の奥がずっと落ち着かない。

特別な日だって、体のほうが先にわかってるみたいだった。


「大丈夫だよ。転んだらことみが支えてくれるでしょ?」

そう返したら、ことみは少し照れたみたいに目を逸らした。


 いつもはクラスで一番冷静で、みんなのまとめ役みたいなのに。

私の前だと、たまにこうやって可愛くなる。

付き合って三ヶ月。まだ慣れない距離感が、甘くてたまらない。


 最初に寄ったのは、駅前の大きなツリーの下。ライトアップされたツリーが夜空に負けないくらい輝いてる。

スマホで写真を撮ろうとしたら、ことみが後ろから抱きつくみたいに顔を寄せてきた。


「二人で撮ろうよ。自取り苦手だけど……綾と一緒なら」

画面の中に収まった私たちは、なんだかすごくお似合いだった。

ことみの長い髪が私の肩にかかって、ふわっといい匂いがする。

シャッターを押した瞬間、ことみが耳元で囁いた。


「メリークリスマス、綾」


 低い声が背中の奥まで落ちてきて、ぞくっとした。

返事をする前に、ことみが私のコートのポケットへ何かを滑り込ませる。

小さな箱。リボンがかかってる。


「え、まだ早いよ。プレゼント交換は後でって言ったじゃん」


「我慢できなかったの。開けてみて」


 中に入ってたのは、シルバーの細いリング。シンプルなのに、内側には小さなハートの刻印がある。

ことみも同じものを左手の薬指につけてて、それを見た瞬間、胸が熱くなって。

ヤバい泣きそう。


「ペアリング……ありがとう。すごく嬉しい」

指輪をはめて、そっと手を重ねる。冷たい金属がすぐに体温で温まっていく。

ことみは満足そうに笑って、私の手を引いて歩き出した。


 次に行ったのは、ちょっと離れた公園。普段は誰もいない静かな場所なのに、今日はクリスマス限定で小さなマーケットが出てた。

屋台でホットチョコレートを買って、ベンチに並んで座る。甘くて温かくて、体の芯まで染み渡っていく。


「綾、今年は一緒に過ごせてよかった」

ことみがぽつりと言った。


 カップを両手で包みながら、遠くを見る目が少しだけ寂しそうで。

去年の今頃、ことみは一人で過ごしてたって聞いてる。家族の事情で帰れなくて、部屋で本を読んでたって。

それを思い出すと、手を離したくなくなる。離してって言っても、離さないけどね。


「来年も、再来年も。一緒にいようね」

そう言ったら、ことみは驚いたみたいに私を見て、それからゆっくり微笑んだ。


「……約束だよ」


 公園の奥に、小さなチャペルみたいな建物があった。中は暖房が効いてて、キャンドルの灯りだけが揺れてる。

運がよく、誰もいないのを確認して、二人でそっと中に入った。

ステンドグラスから差し込む光が、床に色とりどりの模様を描いてる。

ことみが祭壇の前に立って、振り返った。


「ここで、願い事でもしてみる?」


 私は隣に並んで目を閉じる。

本当は神様なんて信じてない。でも、ことみの横顔を思い浮かべたら、願わずにいられなかった。

これからもずっと、一緒にいられますように。

目を開けたら、ことみがじっと私を見つめてた。キャンドルの火が瞳に映って、揺れてる。


「綾」

名前を呼ばれただけで、胸がぎゅっと締め付けられる。

ことみが一歩近づいて、私の頰に手を添えた。冷たい指先が、すぐに熱を帯びる。


「愛してる」


 その言葉と同時に、唇が重なった。柔らかくて、甘くて、ホットチョコレートの味がする。

最初は軽く触れるだけだったのに、だんだん深くなって、息が混じり合う。

ことみの手が私の背中に回って、ぎゅっと抱きしめてくれた。

どれくらい経ったのか、わからない。

離れたとき、二人とも息が上がってた。


 ことみは恥ずかしそうに目を伏せて、それからまた笑った。


「クリスマスのキス、初めてだった」


「私も……」


 それ以上、言葉にできなくて。なのに、ことみの手は離さないでいてくれた。

チャペルを出ると、外はもうすっかり夜だった。雪がちらつき始めてる。

街灯の下で舞う雪を見上げながら、ことみが私の肩に頭をもたせかけてきた。

重さが嬉しくて、心まであったかくなる。


 家に着く別れ際、駅前で立ち止まった。

時計はもう十一時を回ってる。明日も学校があるのに、足が動かない。

ことみが私のコートの襟を直しながら、小さな声で言った。


「綾……今日は、本当にありがとう。こんなに幸せなクリスマス、初めてだった」


 声が少し震えてる。気づいた瞬間、胸が痛くなった。

ことみの瞳に、涙が浮かんでる。

いつも強がってるのに、こんな顔を見せるのは私だけなんだって思ったら、息が詰まる。


「ことみ、どうしたの?」


「ううん、なんでもない。ただ……綾と出会えてよかったって、急に思って」


 私も目頭が熱くなった。ことみの手を両手で包んで、強く握る。

指輪が触れ合って、冷たいのに確かな感触がある。


「私もだよ。ことみがいてくれるから、毎日が楽しい。辛いことも、全部乗り越えられる気がする」


 ことみは俯いて、肩を小刻みに震わせた。

それからゆっくり顔を上げて、涙を零しながら笑った。


「綾のバカ……泣かせないでよ」


「ごめん。でも、ことみの涙、ライトアップが当たって宝石みたいに綺麗だよ」


 そう言ったら、ことみはもう我慢できないみたいに私の胸に飛び込んできた。

コート越しに伝わる体温が、雪の冷たさを忘れさせる。

ぎゅっと抱きしめ返して、髪を優しく撫でる。周りの人がちらちら見てるのも、もうどうでもよかった。

今は、この瞬間が全部だった。


 しばらくして、ことみが顔を上げる。涙で濡れた睫毛が、街灯にきらめいてる。


「約束、忘れないでね。来年も、再来年も……ずっと」


「うん。ずっと、一緒だよ」


 柔らかな橙色の光が私たちを優しく包み込む。空から舞い落ちる雪の粒が、ゆっくりと二人の間を縫うように降りてきて、ことみの髪や肩に白く積もっていく。


 冷たい風が頰を撫でるのに、触れ合う唇は熱く、甘く、溶け合うみたいに。

今度は優しく、そっと。まるでこの瞬間を永遠に刻み込むように、時間の先まで置いていくみたいに。


 雪が私たちのキスに寄り添うように静かに落ち、周りの世界が遠ざかっていく。

ことみの息が混じり、涙の塩味と雪の冷たさが、胸の奥まで染み込んでいく。

この雪降る聖なる夜に交わした、最後の口づけ。

どんなに時が流れても、溶けない魔法のように、ずっと心に残る。


 電車が来る時間が迫ってきたので、渋々離れる。

改札を通りながら、何度も振り返った。

ことみも手を振り続けて、笑顔のまま小さくなっていく。


 家までの道、雪が本格的に降り始めた。歩いた跡がすぐ白く埋まっていくのに、胸の中の温かさは消えない。

指輪を見下ろして、そっと触れる。内側の小さなハートが、指先に感じられた。


 この聖なる夜に交わした口づけと、涙と、約束。

どんなに時が経っても、どんなに遠く離れても、絶対に忘れない。

ことみと過ごした、この奇跡みたいなクリスマスを、ずっと胸に刻んで。

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