第8話 帰る場所のために

 世界合同ダンジョンは、海上にあった。


 正確には、かつて無人島だった場所だ。

 今は島全体が巨大な封鎖区域となり、上空には監視ドローンが飛び交っている。


 久瀬アラタは、船の甲板に立っていた。


 周囲には、世界ランキング上位者たち。

 誰もが名を知られた探索者だ。


 だが――。


「……浮いてるな」


 自分が、ではない。


 ここにいる全員が、常識から外れている。


 それを、アラタは肌で感じていた。



 ダンジョンは、深かった。


 百階層以上。

 これまで観測された中で、最深。


「ここから先は、全員で行動する」


 指示を出したのは、世界ランキング一位の探索者だった。

 老練な男で、無駄な言葉を使わない。


 誰も異を唱えなかった。


 この場では、序列よりも生存が優先される。



 深層は、静かすぎた。


 魔物の気配が、薄い。

 それが、逆に不気味だった。


「……来るぞ」


 アラタの低い声に、全員が身構える。


 次の瞬間、空間が歪んだ。


 現れたのは――階層核。


 ダンジョンそのものを統べる存在。

 魔物ではない。現象に近い。


「攻撃、通らない!?」

「再生してる!」


 世界ランカーたちの連携でも、削れない。


 力ではない。

 構造の問題だ。


 アラタは、一歩前に出た。


「……俺が行きます」

「待て」


 ランキング一位の男が、鋭く言う。


「根拠は?」

「経験です」


 それだけだった。



 アラタは、剣を抜かなかった。


 代わりに、魔力を広げる。


 膨大な魔力。

 だが、暴走させない。


 制御する。


 異世界で学んだことだ。

 力は、振るうものじゃない。

 通すものだ。


 階層核の中心に、流れが見えた。


「……ここか」


 短剣を突き立てる。


 力任せではない。

 最小限で、正確に。


 階層核が、ひび割れた。



 世界が、揺れた。


 光が溢れ、音が消える。


 次の瞬間――。


 ダンジョンは、停止した。


 崩壊ではない。

 沈静化だ。


「……終わった?」


 誰かが、呆然と呟く。


 アラタは、息を吐いた。


「ええ。もう、動かない」



 地上に戻ったとき、夜明けだった。


 通信が一斉に入り、世界中に速報が流れる。


 **世界合同ダンジョン攻略成功。

 中心討伐者:久瀬アラタ。**


 名前は、隠されなかった。


 隠す理由が、なくなったからだ。



 数日後。


 世界ランキングが、更新された。


 第一位:久瀬アラタ。


 記者会見も、表彰も、断った。


 必要ない。


 アラタが向かったのは、東群市の自宅だった。



「おかえり」


 玄関で、ミオが笑った。


 いつも通りの声。

 いつも通りの距離。


「ただいま」


 それだけで、すべてが報われた気がした。


「……ニュース、見たよ」

「そうか」


 ミオは、少し困った顔で言う。


「世界一、なんだって?」

「……らしい」


 ミオは、少し黙ってから、こう言った。


「でも」


 アラタを見る。


「帰ってきたでしょ」

「うん」


 それで、十分だった。



 夜。


 二人で夕飯を食べる。


 テレビでは、探索者特集が流れている。

 だが、音は小さい。


「ねえ、お兄ちゃん」

「何だ」


「もう……行かなくてもいい?」


 その問いに、アラタは少し考えた。


「行くよ」

「……そっか」


 ミオは、少し寂しそうに笑う。


「でも」


 続ける。


「帰る」

「必ず」


 それだけは、変わらない。



 世界一になっても、世界は変わらない。

 ダンジョンは残り、戦いは続く。


 だが――。


 久瀬アラタは、もう勇者ではない。


 役目のために戦う存在ではない。


 選んで、戻る者だ。


 世界一の探索者であり、

 一人の兄として。


 彼は、今日もダンジョンへ向かう。


 そして――。


 必ず、帰る。


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元勇者は現代ダンジョンで世界一を目指す――妹の待つ家へ帰るために 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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