第7話 世界は、彼を見逃さない

 その異変は、数字から始まった。


 世界探索者ランキング。

 週次更新。


 久瀬アラタの名前が、そこに載った。


 順位:十二位


 それは、本来あり得ない位置だった。


 世界ランキングは、単純な討伐数では決まらない。

 危険度、貢献度、生存率、影響力。

 あらゆる要素が加味される。


 無名のソロ探索者が、

 いきなりこの位置に来ることは――ない。



「……上がりすぎだ」


 更新を確認したアラタは、端末を閉じた。


 想定より、早い。


 いや、早すぎる。


 これでは――。


 視線を、ミオに向ける。


 彼女はテレビを見ながら、洗濯物を畳んでいる。


「ねえ、お兄ちゃん」

「何だ」


「最近さ、探索者のニュース多くない?」


 胸が、わずかに跳ねた。


「そうか?」

「うん。ランキングとか、特集とか」


 ミオは、何気ない顔で続ける。


「……有名になるのって、怖いね」


 その一言が、胸に刺さった。



 翌日、EMBから正式な通知が届いた。


 封書。

 電子ではない。


 それ自体が、異例だった。


 内容は、簡潔だ。


 面談要請。

 拒否権なし。


 理由は、書かれていない。


「……来たか」


 アラタは、静かに封を閉じた。



 面談室には、三人がいた。


 柊カナエ。

 そして、見知らぬ男女。


 一人は、軍関係者。

 もう一人は、国際探索者連盟の代表だと名乗った。


「久瀬アラタさん」


 代表の男が、穏やかに口を開く。


「あなたは、現在、世界ランキング十二位」

「注目されています」


 アラタは、黙って聞いている。


「あなたの戦闘記録は、異常です」

「スキル不明、魔力測定不能」

「それでいて、ガーディアン級を単独で」


 男は、微笑む。


「危険だと思いませんか?」

「……何が」


「あなた自身が、です」



 軍関係者が、低い声で言った。


「国家としては、管理下に置きたい」

「保護、という名目で」


 それは、半分は脅しだった。


 アラタは、即答しなかった。


 代わりに、尋ねる。


「拒否したら?」

「制限がかかる」


 ダンジョンへの入坑制限。

 装備の供給制限。

 遠回しな、封じ込め。


 柊が、静かに言った。


「……あなたを守るためでもあります」

「そういう建前ですね」


 アラタの返答に、空気が一瞬張りつめる。



 国際連盟の男が、話題を変えた。


「逆に、こちらの提案もあります」


 タブレットを差し出す。


「世界合同ダンジョン攻略」

「トップテンが集まる、特別編成です」


 世界ランカーと、肩を並べる。

 いや、監視される場所。


「参加すれば、あなたは世界に認められる」

「拒否すれば――」


 その先は、言わなくてもわかる。



 面談は、それ以上進まなかった。


「返答は、三日以内に」


 それだけ告げられ、アラタは解放された。


 建物を出ると、空がやけに広く見えた。


 ――選択肢は、二つ。


 管理されるか。

 表に出るか。


 どちらも、ミオを危険に近づける。



 夜。


 ミオは、少し緊張した様子で言った。


「ねえ」

「最近、変な人来てない?」


 来ている。

 家の周囲に、気配が増えている。


「気のせいだ」

「……ほんと?」


 嘘だ。

 だが、言えない。


「ミオ」

「何?」


「もし、俺が少し有名になったら」

「……嫌?」


 ミオは、少し考えてから答えた。


「嫌、というより……怖い」

「でも」


 アラタを見る。


「お兄ちゃんが決めたなら、信じる」


 その言葉が、重かった。



 その夜、アラタは眠れなかった。


 勇者だった頃、選択はなかった。

 だが今は、違う。


 世界が、彼を放っておかない。


 それでも――。


「……俺は、逃げない」


 呟いた声は、静かだった。


 選ぶのは、自分だ。


 そして、守るのも。


 久瀬アラタは、初めて

 世界と正面から向き合う覚悟を決めた。



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