第4話
『Clock DOG』は、デスゲーム配信番組の中ではかなり人気の高いネット配信番組だ。
時計が内臓された犬がモチーフとされた番組で、全ステージに時間制限があるというのがウリである。常に聞こえている「カチ、カチ」という音がプレイヤーにプレッシャーを与え、視聴者も音を聞いてるだけでドキドキしてくる。
俺も何度か参加したけど、ちょいちょい人も死ぬくらいは過激なデスゲームだ。
「まずクリエイターは人を殺すためのゲームを作らないといけないんだから、血が怖いとか言ってらんないでしょう」
「え、でも殺しちゃダメじゃない?」
「ダメだけどっ!?」
ここで正論言われると困るなぁ!!
とはいえ、デスゲームで人死にが出ても殺人罪で逮捕されることはない。あくまで自主的に参加したゲームで、ゲーム内の設備を使って自殺した――という扱いになるからだ。
法整備のお陰で、参加者100人中99人が死ぬ! みたいな大昔のデスゲームは現代ではまず見かけない。というかそんなの企業のコンプラ的に通らないので個人主催のものになるが、素人が作ったデスゲームなんかまともなプレイヤーは参加したがらないのだ。安全設計とかカスだし、報酬も安いし。
結局、大手のデスゲーム運営会社がクリエイターから企画を買って安全に作ったものに参加するのが、一番楽に大金を稼げるのだ。
「プレイヤーなんて皆金稼ぐためにデスゲームやってるだけなんだから、稼げないデスゲームに価値はないんですよ」
「か、価値がない……」
「それにさっきの、後ろ手で箸持たせて持ってるものが何か当てるとか――」
「う、うん」
「つまんねえ!!!!!!!!!!!!!!!」
「えっ!?」
なんだよ! 手錠ついた後ろ手で箸持って皿の上に載せられたものが何か当てるゲームって!! んで皿から落としたら電流!?!? やってることがわけわかんねえのに罰に脈絡がなさすぎる!!!!
「か、カツオだよ!? 美味しいよ!?」
「食べ物で遊ぶな!!!!!!!!!!!!」
「ひぃんっ!」
自分のバイト先でデスゲームやるとか頭おかしいんじゃないのかこいつ。いやおかしかったわ。知ってた。
「つーか暗闇で箸で持っただけでカツオとマグロの判別できる奴いる!? 素手でも分かんねーって! んでそれ見て何が楽しいの!?」
「た、楽しくない!? ベテランさんとかネタ見もせずに握れるよ!?」
「それが面白いのはうま寿司バイトのお前らだけだって!!!!!!!!!!」
身内にしか通じないネタを外に持ってこうとすんじゃねえよ。
「その前のもっ!! 箱の中に入ってるものを当てるやつ!!」
「は、はいっ!!」
「木箱なんか壊せば終わるんだよ!!!!!!!!」
「頑張って作ったのにぃいいいい!!!!」
あの木箱自作かよ! 中身振っただけで鍵が入ってることくらい分かったっつーの! ムカついたから叩き壊したけど!!!!
「ああゆうのやる時は物理的に壊せないようにしないと駄目なんだって!!!!」
「ど、どうやって!?」
「金属製にするとか手が届かないところに置くとか!!!!」
「あっ、なるほど……!」
この状況でメモんなって!
「あれ? でも手が届かなかったらどうやって中身調べるの?」
「音」
「音!? 分かるわけなくない!?」
「え、余裕で分かるけど。KOBAのディンプルキーですよね」
「なんで分かったの!?!?」
箱壊した時に鍵飛んでったから実物見てないけど、音で分かった。KOBAのディンプルキーとUNOのディンプルキーって見た目変わんないのに2gくらい重さが違うんだよね。たぶん材質の問題だと思う。
「こちとら紙が擦れ合う音だけでそれが模造紙なのかコピー紙なのか新聞紙なのか1万円なのか当てられるくらい耳鍛えてんだから、金属製の特徴ある構造のものが動く音で分かんないわけないんですよ。つーかそのくらい出来ないと攻略出来ないデスゲーム、どんだけでもあるし」
「おかしいよ!? どうなってるの!? イルカ!?」
「むしろイルカなら出来るの!?」
イルカすげえな。お前デスゲームの才能あるよ。
「デスゲームは! やって楽しい! 見て楽しい! ミスったら死ぬ! これがまず大前提!!」
「は、はいっ!!」
「例えばここの設備でやるなら――、あのスライサーみたいなやつ」
家庭にはなさそうなデカいスライサーが壁際に置かれている。
「あれに手を固定して、何分以内にクリア出来なかったら手がスライスされるようにするとか」
「こ、怖いっ!!!!」
「デスゲーム!!!!!!!!」
「そ、そんなことしたら危ないよ!?」
「危なくないデスゲームって何!?!?!?!?!?!?」
バラエティのデスゲームすら結構危ないんだって! だから生放送に出来ないもん。お笑い芸人とかが調子乗って大怪我したら、その芸人の存在ごとカットして編集されたものが放送されたりするし。
そんで放送後に、怪我でしばらく芸能活動休止するって発表されて皆察するんだよね。
「音からして、たぶんそっちに冷凍室かなんかあると思うけど」
「えっ!?」
なんで分かるんだ、と顔に書かれてる。コンプレッサーの音だよ。
厨房にある冷蔵庫や冷凍庫のコンプレッサーの音とは明らかに違う、もっと大型のコンプレッサーが稼働している音が聞こえる。恐らく部屋のような作りになっているのだろう。
「そこに閉じ込めてデスゲーム開始するだけでも、急いで問題解かないと凍死するってプレッシャー与えることも出来るし」
「めっちゃ寒いよ!? マイナス40度とかだよ!?」
「あー、結構スリルある。全裸スタートとかだとなおいい。問題解くごとに服が手に入るみたいなシステムにすれば、設備はそんだけでも結構楽しめますよ」
「し、死んじゃうよ!?」
「だからデスゲームなんだっての!!!!!!!!!!!!」
ワンミス凍死くらいないと緊張感がないんだよ!!!! っていうか実際冷凍室スタートのデスゲーム何度かやったことあるし!!!!
既存設備の流用が出来るから、結構企業に人気があるのだ。どこも設備投資費用は抑えたいだろうからね。オーブンの中だと死ぬけど、冷凍庫だとしばらくは生きられるのだ。
「やったことあるんだけど、マイナス40度くらいあると指に金属がくっつくんですよね」
「……えっ」
「冷凍室ん中でメダルを使ったゲームやらされたことあるけど、身体が冷えてくると皮膚にメダルがくっついて……」
「ひぇ……」
「剥がそうとすると皮膚ごとベロってなるんだけど、なんかその頃には痛みも感じなくて……」
「ああああああ……」
耳を抑えた菅原さんが、小さく縮こまる。
「んで、剥がれた皮膚の分重さ変わっちゃって、正解の重さになったはずなのに秤が合わなくて。運営の用意した答えは見つけたのにそれじゃ通らない。たぶんあっちも監視しながらミスったことには気付いただろうけど、配信中にミス認めて止めるわけにはいかないわけ」
「ど、どうしたの……?」
「指から血を流すのも考えたけど、手を切れそうな道具も見当たらなくて。てか血も出ないし、髪の毛引っこ抜いてそれで調整しようとしたんだけど」
「う、うん」
「髪抜くほど力入んなくて、諦めて舌噛みちぎったよね」
「えっ!?」
べっ、とベロを見せる。俺のベロの先端は、誰の目にも分かるくらい削れている。自分で噛みちぎったからだ。そして――
「そん時はあんま痛み感じなかったけど、やっぱ液体窒素で焼いて止血するのは馬鹿だったなぁ。椅子あんだから爪引っ掛けて剥げば良かったって後で思いました。あはははは」
「笑いごとじゃないよ!?」
終わってしまえば「なんて馬鹿なことをしたんだ」と思ったんだけど、凍死寸前だと正常な思考など出来ないのだ。
普段ならもっと頭がキレる人でも、水分不足とか、栄養不足とか、暑いとか寒いとか、そういった外的要因で思考の精度を落とすことが出来る。
その分難易度調整が難しいというのはあるだろうけど、刃物や爆弾のような『すぐ目の前に見える死』より、そういう間接的に死が見える方で楽しませようとする企業も多いのだ。
「テストプレイ不足だったって後でめっちゃ謝られました。実環境では一度もテストしてなかったみたいで」
「死ぬもんね!?」
「まぁ、そうですね。デスゲームなんで」
企業に所属してテストプレイをメインにしているデスゲームプレイヤーというのも居るが、現役を退いてる立場の元プレイヤーくらいだと、テスト中は難易度を下げるしかない。
冷凍室でいうと、たぶん冷蔵庫くらいの温度でテストプレイしたのだろう。だからマイナス40度の環境だと金属と皮膚がくっつくことを想定していなかったのだ。機転利かせてなんとかしたけど、一人目が俺じゃなかったら死んでたかもなぁ。
次のプレイヤー用に『← ゆび つく』とちゃんとメダル横に血文字残しといたから、ちゃんとクリア出来たらしい。プレイヤー間の協力もデスゲームの醍醐味だ。きょうび武器持っての殺し合いなんて流行らないからね。
「端的に言うと、先輩には人を傷つける覚悟が足りないんですよ」
「……う、うん」
「本気でクリエイターになりたいってんなら、俺が教えます。……どうします? お金が欲しいだけならクリエイターなんてならずに真っ当に働いた方が良いですよ」
「…………あのね、」
先輩は、言いづらそうに口ごもる。
「『惡鳥』って、知ってる?」
「……プレイヤーで知らない奴が居たら、正気を疑いますね」
そして、先輩は言う。
「あれね? ……お父さん」
「ワオ」
なんか外人みたいなリアクションしちゃった。
あれ? でも惡鳥の本名って菅原じゃなくて笠村だったような――
「ずっと前に離婚してるんだけど、あの人が君のお父さんなんだよって、亡くなってから仲良かったってプレイヤーの人に教えて貰って」
「…………」
「いつかお父さんがクリア出来ないようなデスゲーム作りたいなぁって。……色々やってたけど、才能ないみたいだね、付き合わせちゃって、ごめん」
あぁ、そうか。
先輩の奇行に、見覚えがあるような気がしていた。あれは――
惡鳥の奇行に、どこか似ているんだ。
惡鳥は、異常者だった。だからこそ、彼は人気が出たのだ。
納得出来た。そして、小2からデスゲームにのめり込んだ俺の答えは、決まっている。
「分かりました。……俺があなたを、世界で一番有名なクリエイターに育て上げます」
先輩は、潤んだ顔をこちらに向ける。
「覚悟してくださいね」
「……うんっ!」
これは、致命的なまでにデスゲーム作りが下手くそな女子高生を、クリエイターに育て上げる物語。
致命的にデスゲーム作りが下手な、うま寿司バイトの菅原さん 衣太@第37回ファンタジア大賞ほか @knm
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