第7話 癒しは、武器にならない

 王都を離れた街道には、緊張が漂っていた。


 行き交う人々の表情は硬く、噂は風よりも早く広がっている。


 「北で、小競り合いが起きたらしい」

 「傭兵団と、領主の兵が……」


 セラは馬車の中で、その話を聞いていた。隣にはレインが座り、外の様子を警戒している。


 戦い。


 その言葉だけで、胸の奥が冷える。


 ――癒しがあれば、助けられる。


 だが、同時に思い出す。


 癒しがあるからこそ、人は戦うことを選ぶのではないか、と。


 街道沿いの村に着いたとき、すでに負傷者が集められていた。


 血の匂い。うめき声。折れた武器。


 「聖女様だ……!」


 誰かが叫び、人々の視線が一斉に向けられる。


 「お願いします、兵を治してください!」

 「また戦えるように……!」


 その言葉に、セラは足を止めた。


 治せば、彼らはまた剣を取る。


 それは、救いなのか。


 「……私は」


 声が、かすれた。


 「戦うために、人を癒すことはできません」


 場が、静まり返る。


 怒りと困惑が混じった視線が、突き刺さる。


 「見殺しにする気か!」


 怒号が飛ぶ。


 セラは、深く息を吸った。


 「生きるために、癒します」


 そう言って、地面に膝をついた。


 剣を握る手ではなく、

 倒れ、動けなくなった者の手を取る。


 致命傷を負い、もう立ち上がれない兵。

 巻き込まれて傷ついた村人。


 戦う意思を失った者だけを、癒した。


 光は、いつもより静かだった。


 それでも、確かに命を繋いでいく。


 「……なぜだ」


 一人の兵が、震える声で問いかけた。


 「治せるのに、治さないのか」


 セラは、目を伏せずに答えた。


 「癒しは、武器じゃありません」


 「それを武器にした瞬間、命は、数になります」


 沈黙。


 やがて、剣が一本、地面に落ちた。


 続いて、もう一本。


 戦う意味を失った音だった。


 その夜、火を囲みながら、レインがぽつりと言った。


 「君は、危険な存在だな」


 「……悪い意味ですか?」


 「いいや」


 彼は、はっきり首を振った。


 「誰にも使えない力ほど、怖いものはない」


 セラは、炎を見つめた。


 揺れる光の中で、思う。


 癒しは、剣を止められないかもしれない。


 でも、


 剣を持つ理由を、


 問い直させることはできる。


 その夜、戦は広がらなかった。


 小さな出来事だったが、確かに世界は、わずかに軌道を変えた。

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