第4話 選択

 朝の鐘の音が、王都に静かに広がっていた。


 セラは、用意された部屋の窓辺に立ち、白い街並みを見下ろしていた。人々は忙しなく行き交い、誰もがそれぞれの生活を送っている。


 ――私も、あの中の一人だったはずなのに。


 扉をノックする音がした。


 「入ります」


 ルドヴィア司教だった。穏やかな微笑みを浮かべ、両手を胸の前で組んでいる。


 「昨夜は、よくお休みになれましたか?」


 「……はい」


 嘘ではなかった。身体は休まっている。だが、心は落ち着いていない。


 「今日は、大切なお話があります」


 司教はそう前置きして、椅子に腰かけた。


 「あなたには、“聖女”として神殿に留まっていただきたいのです」


 言葉は丁寧だったが、選択肢があるようには聞こえなかった。


 「王都には、多くの病と怪我があります。あなたの癒しは、多くの命を救える」


 「それは……わかります」


 セラは小さくうなずいた。


 「ですが、条件があります」


 条件。


 胸が、ひやりとした。


 「癒しは、神殿を通して行うこと。場所も、人も、我々が決めます」


 沈黙が落ちた。


 「……それは、救う人を選ぶ、ということですか?」


 司教は否定しなかった。


 「秩序のためです。全てを救うことは、混乱を生みます」


 その言葉に、セラの胸の奥が痛んだ。


 ――混乱より、命が軽いの?


 言葉にできない思いを、必死に飲み込む。


 「もし、従わなければ?」


 セラが問うと、司教は静かに答えた。


 「あなたを守れなくなります」


 脅しではない。事実としての言葉だった。


 司教が去ったあと、部屋は静まり返った。


 セラは、ベッドに腰を下ろし、両手を見つめる。


 この手で、何人もの命を救った。


 でも、選ぶ手には、なりたくない。


 夕方、レインが部屋を訪れた。


 「……話は聞いた」


 短く、それだけ言った。


 「私は、どうすればいいんでしょう」


 セラの声は、震えていた。


 「正しい答えなんて、ない」


 レインは、はっきりと言った。


 「だが、君が苦しむ選択は、たぶん違う」


 セラは、はっとした。


 「君は、人を救うこと自体に迷っていない。ただ……縛られることに、耐えられないだけだ」


 その言葉は、胸に静かに落ちた。


 夜。


 神殿の礼拝堂に、セラは一人立っていた。


 「……神様」


 祈る相手は、いないかもしれない。


 それでも、言葉にしなければならなかった。


 「私は、聖女にはなれません」


 静かな声だったが、確かな決意があった。


 翌朝。


 神殿に、セラの返答が伝えられた。


 “聖女としてではなく、一人の人として癒したい”


 王都は、揺れた。


 称賛も、非難も、同時に渦巻く。


 だが、セラは一歩を踏み出した。


 選んだのは、役割ではない。


 自分の心だった。


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