魔王に裏切られた魔界宰相、第二の《人生》で英雄の道を征く

鈴木竜一

第1話 裏切られた魔界宰相、人間に転生する

 この世に生を受けた時から、私はずっと魔王様に尽くしてきた。


 人間どもを駆逐し、我ら魔人族が地上世界を支配する――そんな悲願を達成すべく、多くの兵を率いてヤツらと戦い続け、気がつけば【魔界宰相】と呼ばれるようになっていた。

 

 ……だが、戦況は均衡を保ったままの状態が長く続く。


 勇者率いる人間軍はエルフや獣人族といった他種族と手を組み、徒党を組んで挑んできた。

 

 個々の実力では魔人族が上回っているはず。

 それでいて数はこちらの方が多い。

 何せ、モンスターなどは魔法で生み出せるため、簡単に数を増やすことができるからだ。


 戦力と数量。


 このふたつの決定的な差は埋めがたいものである――と、私は確信していたのだが、なぜか一向に人間や他の種族どもを始末できずにいた。


勢いに乗る人間どもはついに魔界へと足を踏み入れ、魔王城へと攻め込んできた。

 

 特にこいつ……今まさに私が対峙している勇者とやらは別格だ。


「あんた、なかなかやるじゃないか。魔人族にしておくには勿体ないぜ」

「人間に評価されたところで嬉しくもないがな」

「ははっ、できれば……同じ人間として一緒に戦いたかったよ」

 

 そう語った勇者は手にしている聖剣を振る。

 たったそれだけの動作だというのに、周りにいた同胞の半分近くは倒されてしまう。


「クソっ! なんて強さだ!」

「こ、こんなヤツがいるなんて!」

「宰相殿! ご指示を!」

「待て。まずは魔王様に――魔王様?」


 すぐそこまで勇者が迫ってきていた時、なぜか魔王様の姿が忽然と消えていた。

 どこへ行かれたのかと周囲を探っていた直後、足元から強大な魔力が溢れ出ていることに気づく。


「ま、まさか……」


 悪い予感は的中した。


 魔王様はこの城ごと勇者たち一行を葬るべく、自爆用の魔法陣を事前に城の地下へと展開していた。つまり――魔王様のために戦ってきた同胞たちを道連れにしてでも、勇者たちを倒そうという計画だったのだ。


「我が覇道の礎となれたことを光栄に思うがよい」


 どこからともなく聞こえてくる魔王様の声。

 そこからは後悔の気持ちなど微塵も感じ取れない。


 所詮、我々は「駒」にすぎないのだ。


「お、おのれ……」


 周りで戦っている仲間たち諸共、私は魔法陣によって発生した大爆発に巻き込まれて消滅。

 魔界宰相として魔人族を率いて戦い続けた末路がこれか。


 何とも言えない虚しさに抱かれつつ、私は光に呑み込まれていった。



  ◇◇◇



 一体どれほど意識を失っていただろうか。


「あなた、私たちの可愛いライアンが目を開けるわ」

「おぉ、本当だ。こうして見ると君にそっくりだよ」

「でも目元はあなた似よ」


 何やら楽しそうな会話が聞こえてくる。


 魔王城には似つかわしくない雰囲気だが……一体誰が何を喋っているというのか。


 目を開けた私は――眼前に広がる光景に絶句する。


 こちらの顔を上からのぞき込んでいたのは若い人間の男女だった。どちらも満面の笑みを浮かべており、こちらをジッと見つめている。


 どうやら私は寝かされているようだが……なるほど。

 分かったぞ。

 あの爆発に巻き込まれる直前に勇者どもが私の身柄を回収し、これから魔王軍の情報を聞き出そうとしているのだろう。あのふたりが笑顔なのは、魔王様に対して有力な情報が得られるという算段からか。


 残念だが、おまえたちの思い通りにはならん。


 どんな拷問を受けようが、魔界宰相の誇りにかけて仲間を売るようなマネはせんぞ!

 ――と、決意を固めた次の瞬間、私は自分の体に起きている異変に気づいた。


 まず、肌の色が違う。

 これではまるで人間ではないか。


 そして体が小さい。

 これではまるで人間の子どもではないか。


 さらに言葉が発せられない。

 これではまるで人間の赤ん坊ではないか。


 ……さすがにここまで来れば、今の自分が置かれている状況を把握する。

 理解したくはないが、こればかりは覆りようがなさそうだ。


 つまり私は――人間の赤ん坊に生まれ変わったのだ、と。


「あうぅ……」

「どうしたのかしら、急に元気がなくなってしまったわ」

「ほ、本当だ……お腹が空いているのか?」


 ふん。

 能天気な人間どもめ。


 ……だが、これはかえって好都合かもしれん。


 なぜ我ら魔人族が人間に勝てなかったのか。

 勇者一行は少数ながら魔人族を圧倒する力を秘めていた。


 魔王様――いや、裏切った魔王ザルーガは我々の命と引き換えに逃げ切ったのかもしれないが、目の前にいる者たちの平和そうな顔を見る限り、未だに魔王軍は人間界を制圧できていないと考える方が妥当か。


 私では手も足も出なかった魔王ザルーガを、体格も魔力も我らより劣っているはずの人間が倒した。


 その秘密は果たしてなんだろう。


人間という種族は、いざ戦いの場となると途端に二倍にも三倍にも強さが増して手がつけられなくなるのだ。


 あの現象の正体を探りたいと、私は常々思っていた。

 ちょうど今の私は赤ん坊――無知も同然。

 ならば、抱いた素朴な疑問をストレートに尋ねたところで怪しまれはしない。


 これを機にヤツらの情報を洗いざらい聞き出し、魔王軍復活を目指す。

 そして……いずれはあの勇者どもをひれ伏させる!




 ――と、いう私の完璧なプランは開始早々躓いた。


 最大の誤算は……「人間の成長速度の遅さ」である。

 魔人族であれば、人間の時間に換算しておよそ半年で成人となり、一端に戦える程度には成長する。


 だが、人間は自由に動き回るだけでも一年以上の時を要した。

 そもそもまともに人間界の言葉を話せない私は彼らの言葉を理解するのにも数年はかかると推測。


このせいで当初の計画から大きく方針転換せざるを得なくなってしまった。



 ――転機が訪れたのは五歳の時。

 父親が「婚約者候補」とか言って連れてきたひとりの少女と出会うのだが……まさかあんなことになるとは夢にも思っていなかった。




※次は12時に更新予定!

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