第05話 キョウカさんが仲間に加わった

 満足気な表情で倒れる馬鹿二人に近寄る。見たところどちらも致命傷は無さそうだ。

 とりあえずは阿呆で可愛い我が妹に、さっき作った3級ポーションを半分振りかける。手足や頬に無数にあった切り傷がみるみるうちに消えていった。

 右腕でフーリの体を起こし、ほっぺたをペチペチと叩いてやる。


「フーリ、起きろー。おーい、フーリー」


「……ん、うにゅ……」


「まだ晩御飯の途中だろー? 俺が全部食べちゃうぞー?」


「はっ!! 晩御飯っ!!」


「ソォイ!」


 晩御飯という単語に過剰反応してフーリが目を覚ます。すかさずその口にポーションの瓶を突っ込み、残りの半分を飲ませた。


「フゴッ! ンフーー!! ングッ……ンーーー!! ンヌゥーーーー!!」


 口に長いものを突っ込まれ、フーリは涙目でジタバタしながら懇願するようにこっちを見る。余程いやなのだろう。耳も尻尾もピンと立っている。


「ダメです。全部飲むまで離しません」


「ん……ング……ング……んぁ……」


 観念したのか、嗚咽をはさみながらもフーリはポーションを飲みきった。

 洗練で作ったポーション、普通に作るより不味いんだよなぁ。可哀想に。

 ポーションを飲みきったフーリは暫く不味さに悶絶したあと、スクッと立ち上がった。


「フーリちゃん、完全復活!」


 フンス! とポーズを決めるフーリをそのままに、残念美人の方へと向かう。

 こちらも骨折や打撲はあるものの、致命的な傷は無さそうだ。4級ポーションでも十分だろうが、ここはとても不味い3級ポーションでお級を据えることにしよう。


「フーリ、ちょっことこの残念美人を羽交い締めにしてもらえる?」


「何するの?」


「治療だよ、治療。怪我したままじゃ可哀想だからね」


「おにーちゃん、やさしい!」


 そうなんです。おにーちゃんはとーっても優しいんですよ。

 フーリと残念美人ことキョウカさんは結構な身長差があるので、キョウカさんが地面に膝を付く形でフーリに後ろから羽交い締めをしてもらう。フーリがキョウカさんのふくらはぎに座っている形だ。

 まずはポーションの半分を身体にふりかけて傷を治す。そしてフーリの時と同じようにほっぺたをペチペチと叩いてやる。


「おーい、キョウカさーん。残念美人のキョウカさーん。おはようございまーす。起きてくださーい」


「ん……」


「アルハイミテルを採取しに行きますよー。僕たちが賢者の軟膏使っちゃいますよー」


「ハッ!! 賢者の軟膏だと!? それは私が……っ!!」


「ソォイ!」


 目覚めたキョウカさんの口にポーションを突っ込む。


「ホガガッ! ホハヘ! ハヒヲフフ! ヴォエッ! ハンハホヘハ! ハハヘ! ハハへーー!!」


 ジタバタともがくキョウカさん。いくらもがいても怪力のフーリちゃんの拘束は解けませんよ。


「大丈夫です。ただのポーションですから。ほら、ちゃんと全部飲んでください。しっかり傷を癒やしてくださいね」


「ンガッ! ハヘホ! ハフヒ!」


「何言ってるか分かんないですって。全部飲むまで離しませんからねー」


 暫くもがもがと無駄な抵抗をしていたキョウカさんだったが、ついにどうにもならないと諦めたのか、光を失った目でポーションを飲み始めた。


「ング……オウェッ……ん、ング……ンオゥッ……」


「はーい、いい子ですねー」


 何度も吐き戻しそうになりながらも、キョウカさんはポーションを飲みきった。

 これで身体は完全に治ったはずだが、フーリが羽交い締めをやめても、キョウカさんは地面にへたり込んだままなかなか立ち上がらない。


「あれ、どうしましたキョウカさん。身体はもう大丈夫なはずですが」


「もう……めに……けない……」


「え?なんですか?」


「もう……お嫁に……行けない……」


 何言ってんですか。そこまでオツムが弱い時点でお嫁になんて行けませんよ。

 暫くしてからなんとか立ち直ったキョウカさんと共に、再び酒場のカウンター席に戻る。

 三人仲良く? 戻ってくるとは思いもしなかった店主が信じられないものを見る目を向けてきたが、無視して注文する。


「で、話を整理しますが、頭が残念なキョウカさんは『賢者の軟膏』の材料である『アルハイミテル』を探しに東の果の国からはるばるケルンガルドにやってきたと」


「うむ、そのとおりだ。ただ、頭が残念などという言い方は……」


「で、情報を集めに酒場に来たキョウカさんは、そこでアルハイミテルについて話している俺達を見つけ、話を聞くために愚直に俺の隣に座ったと」


「うむ、そのとおりだ。ただ、愚直などという言い方は……」


「で、朴念仁なキョウカさんは、白癡なので自分から情報をペラペラと喋った挙げ句に、浅慮にも俺達を疑い、頓痴気なので切りかかってきたと」


「うむ、そのとおりだ。しかしその、はくち? とかせんりょ? のような言い方は……」


「まず何か言うことは?」


「わ、私は阿呆では……」


「何か言うことは?」


「……いきなり切りかかってしまい、誠に申し訳ない」


「はい、ちゃんとごめんなさい出来て良い子ですね」


「ぐ、ぐぬぬ……」


 本気で悔しそうな顔で黙り込む残念美人キョウカさん。

 年齢は二十歳くらいかな? 多分俺より年上なのに、頭のレベルは大分低いみたいだ


「それで、キョウカさんが欲している『賢者の軟膏』とやらの材料って、アルハイミテルの他には何が必要なんですか?」


「……いきなり切りかかってしまったことは詫びる。しかしそれに答えることは出来ない」


「何故です?」


「お前たちだって狙っているのだろう? 賢者の軟膏を。だとしたらお前たちに奪われる前に、先に私が集める必要があるからだ。そんなこともわからないのか?」


 キョウカさんは馬鹿のくせに、俺のことを馬鹿にしたような目で見下して来た。


「キョウカさんは本当に馬鹿だなぁ」


「な!? 私は馬鹿などではない!!」


「いや、馬鹿だから賢者の軟膏とやらが欲しいんですよね? 頭良くなりたいから」


「……ぐぬぬ!」


 ぐぬぬ! じゃないですよ。それ相槌じゃないんですから。


「とりあえず聞いてください。まず隠さずに言いますけど、俺達の目的も『賢者の軟膏』です。まぁ、俺達は、『馬鹿に付ける薬』って名前で聞いてますけどね」


「ふん、やはりそうか」


「ですから、俺達は敵対する必要が無いんですよ」


「何を言っている? 同じものが目的ならば奪い合うしか無いではないか」


 キョウカさんは心底理解できないといった表情で小首を傾げる。


「キョウカさんこそ何言ってるんですか。同じものが目的なら、協力して取りに行けばいいじゃないですか。そして手に入れたら分け合えば良いんですよ。別に独り占めするようなものでもないですし」


「い、いやしかし! 一人分の薬しか作れなかったらどうするんだ!?」


「最初から材料を多めに手に入れておけばいいだけじゃないですか。大体材料に大きな卵とかあるんですよ? 出来上がる薬もそこそこの量があるに決まってますよ」


 卵は卵でもドラゴンの卵だ。火竜の卵ですら両手で抱えなければならない程の大きさなのに、エンシェントドラゴンの卵ならなおさらでかいに決まっている。

 俺の言葉に、キョウカさんは納得したように頷く。


「たしかに、それもそうか。古龍の卵など、どれほどの大きさが想像もつかないしな」


 キョウカさんは本当に馬鹿だなぁ。俺は『大きな卵』としか言ってないのに。


「へー、『賢者の軟膏』の材料には、古龍の卵が必要なんですね。俺は『大きな卵』としか言ってないんですけど」


 俺の言葉を聞いてキョウカさんは数秒間頭をひねると、しまったという顔で叫んだ。


「貴様、謀ったな!?」


「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。勝手にペラペラ喋ってるくせに」


「ぐぬぬぬぬ!」


 何やら大変悔しそうに顔を歪めているキョウカさんを無視して話を進める。


「それで、どうしますか?」


「どう、とは?」


「俺たちと一緒に行きますか? どうせ目的は同じですし。協力したほうが成功確率は高いと思いますけど」


「……ふん、お前たちが信用できるという保証がない。最後の最後に裏切る事だって考えられる。どうせお前だって欲しいのだろう? その『馬鹿に付ける薬』がな」


 キョウカさんはキメ顔でそういった。


「いや俺には全く必要ないです。俺はあなたと違って馬鹿じゃないんで」


「ガーン!」


 そんなに口を開いてショックを受けた顔をしたら、せっかくの美形が台無しですよ?


「後、正直言って面倒なんですよ、今後ことあるごと今回みたいに突っかかって来られると。幸い戦闘能力は高いみたいなので、だったら手元に置いておいたほうが幾分か楽かなと」


 馬鹿が二人になるのは少々頭が痛いけど。

 俺はひとつため息をついて、鞄から『馬鹿に付ける薬』のレシピを取り出す。フーリがギルドの倉庫から拝借してきたものだ。


「では、仲間になる前提で話を勧めますね。俺はユージュ、16歳です。でこっちがフーリ。血は繋がっていませんが妹です。それで『馬鹿に付ける薬』ですが、俺たちが手に入れたレシピでは、必要な材料はアルハイミテル、世界樹の朝露、エンシェントドラゴンの卵、勇者の御髪、魔王の角の5つでした。相違ありませんか?」


「ふん、勝手にペラペラと。私は今聞いた情報だけ記憶して持ち帰ることだってできるというのに、馬鹿な奴め」


 何をマウント取ろうとしてるんですかね、この残念馬鹿美人は。


「では、先程俺が言った5つの材料をお答えください。どうぞ」


「え、え?」


 俺の問いにキョウカさんが慌て始める。


「あ、えっと、え、エンシェントドラゴンの卵! それと……アルハイミテル! えっと、それから……」


「はい、あと3つ。十秒以内に」


「え、あ、魔王、魔王の絞り汁! それと……勇者の卵! ……それから、その……」


 何だよ魔王の絞り汁って、惨たらし過ぎるわ。あと勇者の卵ってなんだ。人間は卵産まないよ。もしかして将来勇者になるかもしれない有望な人材って意味の卵か?

 俺がジト目で見ていると、キョウカさんは肩を落として小さくなっていく。


「あの、ごめんなさい。分かりません……」


「で、どうします? 仲間になりますか?」


「……はい。仲間に入れてください」


 こうして俺達は、残念美人ことキョウカさんを仲間に加えたのであった。

 馬鹿なんだから無駄な抵抗なんてせずに、最初から素直に仲間になれば良いんですよ、全く。


「それじゃ、情報の照らし合わせからしましょうか」


 キョウカさんがようやく大人しくなったので話を進める。

 フーリは晩御飯をたくさん食べて満足したのか、うつらうつらと船を漕いでいる。


「と言っても、俺たちが持ってるのはこのレシピだけなんですけどね。キョウカさんは何か情報はありますか?」


 素直になったキョウカさんは、いそいそと筒状に巻かれた紙を取り出した。


「私も情報はこの巻物ひとつしかない。内容は読んで確認しろ」


 手渡されたそれを広げて確認してみる。


賢者の軟膏 薬箋 その一

材料について


・月無しの夜に咲く花の蜜

・古龍の卵

・耳長族の御神木の朝露

・果てなく遠き地より来訪せし者の御髪

・閻魔の角

 

製法については、その二を参照せよ


 なるほど。材料については俺達が持っている情報と相違なさそうだ。


「ところで、薬箋のその二はどちらに?」


「だから言っただろう。私が持っている情報はこの巻物一つだ。ずいぶん古いものだからな、その二以降のものは誰かが持ち去ったか捨てられてしまったのだろう。探しても見つからなかった」


 そう簡単に事は運ばないようだ。しかし得られたものも多い。

 全く同じ材料のレシピが、東の果の国にも伝わっていたという事実。これでただのイタズラという可能性がかなり小さくなったわけだ。

 そしてアルハイミテルから抽出するのが『花の蜜』であること。

 長期保存もできそうだしありがたい。


「製法についてはまだ分からないですが、材料については確定で良さそうですね。それと、薬の信憑性が上がりました」


「うむ、それは僥倖だ」


「とりあえず明日からはアルハイミテルの採取に向けて色々と動き出しましょうか」


「委細承知」


 キョウカさん、馬鹿なのに難しい言葉を使うのは恥ずかしいですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

馬鹿に付ける薬(ポーション) 佐伯凪 @gottiknu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画