第04話 キョーカ

「うーん。勇者の情報は無し、かぁ」


「どんふぁい、ほにーはん!」


 一日中街を歩き回って情報収集したが、勇者についての情報は得られなかった。今は酒場のカウンター席に腰掛けてフーリと晩御飯中である。

 『馬鹿に付けるポーション』の精製に必要な素材は、アルハイミテル、世界樹の朝露、エンシェントドラゴンの卵、勇者の御髪、魔王の角の5つである。その中で情報の全くない素材が、勇者の御髪だ。

 アルハイミテルは伝説の花とは言われているが、何とか取りに行けないことも無い。大金をはたいて冒険者に依頼をすれば入手可能なものでもある。

 世界樹の朝露も、エルフの知り合いを作ればなんとかなるだろう。

 魔王の角については……入手できるかどうかは置いておくとして、魔王城に行けば魔王には会えるから場所は大体わかっている。

 エンシェントドラゴンの住処も場所なら誰だって知っている。誰も近づこうとしないけど。

 問題は勇者の御髪である。こればっかりは確かな情報がない。数十年前に召喚されたらしい、という不確かな噂ばかりだ。


「とりあえず、アルハイミテルを採取することを第一目標にするかな」


「ふぁんばれ、ほにーはん!」


「……応援してくれるのはうれしいけど、ちゃんと口の中の物のみこんでからにしなさい」


「んぐんぐ……がんばれ、おにーちゃん!」


「はいはい、がんばりますとも」


 フーリとそんな話をしていた時のことである。


「隣の席、座っても良いか?」


 凛とした声に右を向くと、黒い長髪のポニーテール、スレンダーな体躯、釣り目ガチな大きな瞳の袴姿の女性に声を掛けられる。腰には長い棒状の武器らしき獲物が一振り。

 かなりの美形だが、目つきが鋭い。


「えっと、構いませんが……」


 街で何度か見たことがある格好だ。東の果ての国の、刀と呼ばれる片刃の剣を扱う一族の人だろう。

 その女性はフーリの反対側、俺の右の席に腰掛けると、店主にエールと適当な肉料理を注文してから、俺に向かって話し始めた。


「夕餉中に邪魔をしてしまいすまない。先ほど気になる単語が聞こえてきたものでな。アルハイミテル、お前たちも探しているのか?」


「ええまあ、ちょっと調合に必要でして」


「そうか」


 それだけ言うと、女性は黙ってエールを飲み始める。

 ……えっと、気まずいんですけど。

 突然隣に座ってきて、一言だけ話して後はだんまりですか。仕方ないのでこちらから話題を振ることにしよう。


「えっと、あなたもアルハイミテルを探しに来たんですか?」


 俺がそう尋ねると、女性はエールを飲んでいる手をピタリと止めた。


「どうして……どうして私がアルハイミテルを探していると知っている?」


「え? いやだって、お前たち『も』アルハイミテルを探しているのかって聞いてきたじゃないですか」


「ふっ、何もかもお見通しと言う事か。侮れんな……」


 何言ってんだこの人。馬鹿なのかな。

 しばらくの変な沈黙の後……。


 ――ギイィィィン!!!


 と、金属の激しくぶつかり合うような音が、俺の首付近で鳴った。


「……へ?」


 ゆっくりと視線を下げると、そこには俺の首ギリギリまで迫った女性の刀と、それを防ぐフーリの鋭い右手の爪がぶつかり合い、ギチギチと音を立てていた。

 唐突な命の危機に、たらりと冷や汗が流れる。


「ほう? いまの太刀を受け止めるか」


「おにーちゃんに手を出したら、殺すよ?」


 女性は右手に持っている刀をそのままに、器用に交差するように左手でエールを呷る。

 フーリも右手の爪で刀を受け止めながら、何でもないことのように左手の骨付き肉に齧り付く。


「あ、あのー……ひとまず刀を納めてくれませんか……? 失礼を働いてしまったのなら謝罪しますから」


 俺は両手を挙げながらお願いしてみる。


「ふ、私の目的を知られたからには只で帰すわけには行かないな」


「いや、自分からしゃべってたんじゃないですか。勘弁してくださいよ」


「貴様ら、アルハイミテルを手に入れてどうするつもりだ? よもや賢者の軟膏を作るつもりではあるまいな?」


 賢者の軟膏?

 東の果の国では、『馬鹿に付ける薬』が『賢者の軟膏』という名前で伝えられているのだろうか。


「えっと、俺の妹……こいつフーリっていうんですけど、かなりのアホでして」


「ふ、そのくらい見ればわかる」


 いや、見ただけじゃ分からんでしょ。……分からんくもないか。アホの子だもんな、パッと見た感じ。


「それで、俺達のいた街で『馬鹿に付ける薬』っていう秘薬の作り方が見つかって、その材料のひとつであるアルハイミテルを探している最中なんです。あなたの言う『賢者の軟膏』っていうものにも、アルハイミテルが必要なんですか?」


 俺が問うと、女性はカッと目を見開いた。


「貴様!! どこで賢者の軟膏の事を知った!? しかもその材料のことまで!! 答えによっては只じゃおかんぞ!!」


 ………………。

 あ、分かった。こいつ馬鹿だ。

 馬鹿だから、こいつも馬鹿に付ける薬が欲しいんだ。そりゃそうか、馬鹿に付ける薬を欲しがるのは馬鹿に決まってるわ。


「いや、どこで知ったもなにも、自分でペラペラ喋ってたじゃないですか」


「こいつ……もしや読心術の使い手か!? く、こうなったら切り捨てるしかあるまい!」


 いやいやいやいや、濡れ衣にも程があるでしょ。

 呆れてため息をつく俺に構わず、女性は刀を引くと立ち上がり、上段に構える。

 それに反応してフーリもウォーハンマーを構えた。いきなりの乱闘に、酒場にいた客もどよめき始める。


「貴様らに恨みはないが、賢者の軟膏の事を知られたからにはもう生かしてはおけん。賢者の軟膏のことを知られてしまったので、貴様らに恨みはないがここで死んでもらう」


 文法めちゃくちゃかよ。

 顔はすごく綺麗なのに。なんだこの残念美人は。


「よくわかんないけど、おにーちゃんに手を出す人には、よくわかんないけど私が守るから!」


 いや、そんなに難しい話してないんだから少しは理解しろよ。そしてお前も文法めちゃくちゃか。フーリは阿呆で可愛いなぁ。


「いざ、尋常に……」


「あー、ちょっと待って」


 俺はいきなりおっ始めそうな残念美人に待ったをかける。


「ふ、どうした。今更ながら命が惜しくなったか?」


 いや最初から命は惜しいですけど。


「ここで争ったら、何も悪い事をしていないお店の人や、ご飯を食べに来ているお客さんたちに、迷惑がかかります。なので、お店の外で戦った方が、いいと思います」


 俺はまるで子供に話すかのように分かりやすく説明してみた。相手は馬鹿だからね。


「なるほど、一理ある」


「それと、戦いの邪魔になると思うので、あなたの持ち物を、預かっておきます」


「ふん、殊勝なことだ」


 残念美人はなんの疑問も抱かずに俺に巾着袋を手渡した。


「おい、狼娘。店の中ではお店の人やお客様に迷惑がかかる。お店の人やお客様に迷惑がかからないように、店の外でやろう」


「分かった! お店の人に迷惑がかかると迷惑だもんね!」


 こいつらの会話聞いてると頭が痛くなるな……。

 二人が店の外に出て暫くすると、金属の激しくぶつかり合う音が何度も聞こえてきた。


「お、お客さん良いんですかい? 連れの嬢ちゃんが戦ってやすが……」


 見かねた店主が心配そうに声をかけてきた。


「まぁ大丈夫ですよ。あの子強いので。それにあの残念美人も本気ではなさそうですし」


 さっき首を刎ねられそうになった時も、殺気が無かったから多分寸止めしてたと思うし。

 俺は鞄から調合道具を取り出す。


「店主さん、この店で一番強い酒を貰えますか? あと、今日はブラックバンビを仕入れてましたよね? その心臓と角をもらえますか?」


「そ、それは構いませんが……」


「ありがとうございます。これ、お代です」


 俺は残念美人の巾着袋から銀貨を数枚取り出してカウンターに置く。


「こ、こんなには頂けませんよ!」


「迷惑料も込みなので、受け取ってください」


 そもそも俺の金じゃないし。

 店の外から聞こえてくる剣戟の音をBGMに調合を開始する。

 使うのはこの街に来る途中で作った4級ポーション十本とブラックバンビの心臓と角、80度以上のアルコールと幾つかの薬草である。

 どれもこれも調合材料としては5級以下のものばかりだが、今回は3級ポーションの生成ではなく、4級ポーションから3級ポーションへの洗練である。

 効率が悪い分、使う材料はそこそこのもので良い。

 初級火魔法でアルコールの蒸留をしつつ、薬草と角を薬研ですり潰し粉末にする。

 心臓をペーストにし、魔力を込めながら4級ポーションと共に煮立たせたあと、初級風魔法で竜巻を発生させてビーカーを回して遠心分離。

 上澄みと蒸留した酒、薬研ですり潰した角の粉末を混ぜ合わせ、更に低温で蒸留する。

 これで五本の4級ポーションから一本の3級ポーションが洗練できる。


「ふう、上手くいって良かった」


 調合が終わる頃には、外から聞こえる剣戟の音も大分小さくなっていた。出来上がった3級ポーションを手に、店の扉を開く。

 なかなか激しい戦いだったようで、残念美人はおそらく片手が折れており、フーリの方も身体のどこそこに切り傷があり出血している。

 はっきり言おう。こいつらは阿呆である。

 戦う意味など無いのに無駄に戦って痛い思いをしている。完全に阿呆である。

 だがどちらかといえば、無駄な戦いをふっ掛けてきた残念美人に阿呆の軍配があがる。


「なかなかやるな、狼娘。久しぶりに私にここまでの手傷を負わせたやつは久しぶりだ。名を聞こう」


「フーリ!」


「フーリか。良い名だ。覚えておこう。私の名は杏香(キョウカ)だ」


「キョーカ! 覚えた!」


「ふ、もうお前と戦っている理由さえ忘れてしまったよ。ただ、この戦いは楽しい。いつまでも戦っていたい気分だ」


「タノシイ!」


 いや忘れんなよ。四半刻も経ってないぞ。

 あとお前ら戦闘狂かよ。


「だが、楽しい戦いの時間は終わりだ。早く帰らなければ湯浴みの刻を過ぎてしまう」


「ガーン! お風呂入りたい!」


「次の一撃にすべてをかける。お前……、えっと、ふ、ふ……何だっけか。いや、いい。お前も全力でこい」


「分かった! キョーコ!」


 もう名前忘れてんじゃねーか。


「いざ」


「ジンジョーに!」


「「勝負(ショーブ)!!!」」


 残念美人は折れていない右腕一本で居合いを放ち、フーリは切られた傷から血を吹き出しながらもウォーハンマーを振り下ろす。

 俺の目には止まらぬほどの速度でぶつかり合い、激しい衝撃波の後に一拍遅れて轟音が響き渡る。

 砂埃が舞い上がり、しばらくしたあとドサリドサリと音が聞こえた。


「ふ、引き分けか……」


「お前、強い……」


 どこか満足気な表情で倒れる馬鹿二人であった。

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