第03話 器用貧乏
「おとーさーん! おかーさーん! いってきまーす!」
伝説の秘薬、【馬鹿に付ける
フーリは馬車の窓から大きく身を乗り出し、後方に遠ざかっていく父と母に向かって大きく手を振る。
「フーリ! 絶対無理するんじゃないぞー!」
「フーリちゃん! 必ず帰ってくるのよー!」
父さんと母さんが大きな旗を振りながら見送りをしてくれるが、俺の名前が叫ばれることはなかった。ねぇ母さん。その旗に使われてる布、俺の服じゃない?
父さんと母さんが見えなくなるまで馬車の窓から身を乗り出して手を振っていたフーリが、少し涙目になりながら馬車の中に戻って腰を下ろした。
「フーリ、頑張って頭良くなる。おにーちゃん、一緒に頑張ろうね!」
涙目のままフンス! と気合を入れるフーリ。小さくため息を吐いてその頭を撫でる。馬鹿だけど、悪い子じゃないんだよなぁ。
「ところでおにーちゃん、今どこに向かってるの?」
昨日説明したばっかりなんですけど。
「とりあえずはこの国の首都、ケルナーシュに向かおうと思う。大きな街だから秘薬についての情報もあるかもしれないし」
「分かった。フーリも頑張る」
何を頑張るのかは分からないが、フーリは再度気合を入れてウォーハンマーを抱え直した。
その巨大なウォーハンマーのヘッド部分は米俵ほどの重さはある。フーリの背丈ほどもある太い柄も合わせれば、成人男性ほどの重量は優に超えるだろう。
フーリはこの巨大なウォーハンマーを愛用している。ちなみに俺には持ち上げることすら難しい。
父さんにはフーリを守れとか言われたけど、多分守られるのは俺の方なんじゃないかな。
「ケルナーシュの近くにはドラッフェンヘルズっていう山があるんだ。この山の山頂に材料のひとつ、アルハイミテルが自生している。情報を集めながら、アルハイミテルを取りに行こう」
「そうなんだ。結構近くにあるんだね!」
「近い、といってもなぁ。雲がかかるほど高い山だからな。後、獣も多くて道も険しいって聞いたことあるし。はぁ、大丈夫かなぁ」
「大丈夫! おにーちゃんはフーリが守るから!」
「頼んだ」
頼もしいフーリの頭を撫でる。
ケルナーシュまでの道のりはまだまだ遠い。気合を入れすぎずにゆっくり行きたいものだ。
ケルナーシュへは馬車で七日ほどはかかるため、馬車の中で薬の調合を行うことにした。
ちなみにこの馬車の乗客は俺とフーリだけ。娘を大切にしすぎている両親が馬車を貸し切りにしてくれたからだ。
俺はそんな貸し切りの馬車の中ですり鉢の薬草をすりつぶす。手に魔力を込めて丁寧に丁寧に。
「くそ。また失敗か」
しかし、出来上がったのは失敗作のポーション。
「お兄さん、さっきから何を作ってらっしゃるんで?」
御者のおじさんが首を捻って話しかけてきた。ゴリゴリと音がするので気になったのだろう。
「ちょっとポーション作りの腕を上げようかと。4級ポーションなら作れると思ったんですが……難しいものです」
「4級ポーションって……その草、昨日そこらへんでむしってたやつですよね? そんなどこにでもある草でつくれるものなんですかい?」
4級ポーション。冒険者が使うポーションの中でもかなり高級な部類に入るものだ。4級ポーションを使えば相当な深手を負ったとしてもすぐに直すことができる。
「まぁ、相当腕の立つ調合士であれば、3級までならそこら辺に生えてる薬草と幾つかの材料から合成できるらしいですから。俺にはまだちょっと荷が重いようです」
「そらそうですよ。そんな簡単に作れちまったら、僧侶の仕事もあがったりでさあ。それにしても妹さん、信じられない身体能力ですね」
「それだけが取り柄ですからねぇ」
フーリはウォーハンマーを振り回しながら、疾走する馬車と並走している。何でも冒険者になるための訓練だとか。身体能力じゃなくて頭の方を鍛えて欲しいところである。
そんな風に気ままに過ごしていると、だんだんと西の空が茜に染まり始めた。
「それじゃ、日も暮れてきたことですし、そこの停留所で今夜は一休みいたしやしょう。馬車、止めますよ」
「わかりました。……おーい、フーリ! 今日はここまでだって! 戻ってこーい!」
森の中にでも入ったのか、フーリの姿は見えない。
「妹さん、大丈夫ですかい? 森の中で迷子になってしまったんじゃ……。遠くに行ってしまったら声も聞こえないし……」
御者のおじさんが心配そうな顔で問いかけて来るが、その心配は無用である。
「大丈夫ですよ。フーリは耳もすごくいいので」
「ですが……」
しばらく待っていると、ドドドドドという音共に、何かが森の中からこちらに迫って来た。まぁ、フーリなんですけど。
「ただいまー!」
大きな声をあげながらフーリが駆け戻ってくる。右手にウォーハンマー、左手にイノシシを握っている。良くその重量を持ったまま走れるものだ。
「フーリ、そのイノシシは何?」
「晩御飯! フーリ、お肉たくさん食べたい!」
「……よし、捌くか」
解体作業は少々面倒だが、可愛い妹が肉を食べたいと言っているのだ。俺は腰に下げたナイフを抜き、イノシシの解体を始める。
「す、すごい兄妹だ……」
御者のおじさんがそんなことをぼやく。おじさん、すごいのはフーリだけですよ。
◇
馬車に揺られて一週間。
「お、今度は成功だ」
そこら辺に生えている7級素材、セリバオレンの根と、フーリが狩ってきたストロングボアの肝臓から4級ポーションを作成することに成功した。成功率は一割ほど、まだまだ低いが確実に調剤の腕は上がってきているようだ。最終目標である『馬鹿に付ける薬』を精製するにはまだまだ遠く及ばないけれど。
「お兄さん、そろそろ到着いたしやすよ」
「ありがとうございます。おーいフーリ! もうすぐ着くぞー!」
「はーい!」
あちらこちらへふらふらと……という擬音が似合わないほどのスピードでうろちょろしていたフーリが馬車に戻ってくる。
「フーリ、顔が汚れてる。ほら、洗って」
馬車の窓から手を出し、宙にルーン文字を描き初級魔法でちょろちょろと水を出す。フーリは俺の手に顔をこすりつけるようにして土汚れを洗い流した後、ブルブルと顔を振って水気を飛ばした。犬ですかあなたは。
「いやぁ、お兄さんが魔法を使えて助かりやしたよ。調剤に解体に初級魔法、そして料理まで。お兄さんは多芸ですなあ」
「器用貧乏なだけですよ。お、見えてきましたね」
「おー! すごい! 大きな街だ!」
目に入ってくるのは高い城壁と、その城壁があるにも関わらず頭が見える大きなお城。ここがこの国の首都、ケルナーシュだ。
さて、まずは情報収集しましょうかね。
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