其の五
其の五
双子谷集落を収めるK藩では、もはや長引く飢饉で藩の財政は破綻寸前に至っていたが、管轄領土へ厳しい年貢の取り立てに飢餓状態農民たちからの一揆が続発、各領主はその収束に追われていた。
ここに及んで、双子谷一集落を擁護する余裕など持ち得ず、更なる生贄の神納はむしろ前回より強く厳命した。
一方、双子谷では自分たちの暮らす地のみならず、国全土の天災地変を収める責務を一身に背負わされていたが、長きに渡り地鎮の報酬を藩から受けてきたため、村人たちの中では更なる犠牲を払うことを許容せざるを得ぬ状況に至る。
しかしながら、実際に神へ捧げる幼い子供を誰にするのか…、この決断を下す場では、村長の家に集まった皆は一同、沈痛な面持ちを浮かべていた。
***
「村長…。領主さまはこの国の山々から火が吹き止むまでこの村には幼子の生贄を繰り返し求めてくる。この際、わしらは腹を括って、あらかじめ順番を決めておいたらどうやろ?」
村の若頭でもある稲照しの彦三はこう提案して、集まった家長を見まわしすと、皆は険しい表情で小さく頷いていた。
「まあ、ここは仕方なかんべ。彦三の意見通り、各家の順番を決めて領主からの命があった時、10歳に満たない子がおらんなら次の順番の家からということにしとけばよい。皆、それでどうや」
村長はしゃれた声で、皆にそう諮ると、反対する者はでなかったが…。
「長…、みんな、それでいいようだ。それで、最初の捧げ子はどうする?」
彦三は誰もが気になっていることを端的に村長に尋ねた…。
***
「…ふう、最初は長であるわしんとこが率先せにゃならんじゃろう。わしの娘のお小夜には5歳になる娘っ子がおる…」
年老いた村長は背を丸め、目を膝に落とし、絞り出すような声で皆にそう告げた。
「長…、このこと、お小夜には話しておるのか?」
「ああ、ここの近くも山からは火が噴き上げ、大地はしょっちゅう揺れとるし、この集落の背負った定めも二人の子供には小さい頃から常々話してきたからのう。幼い子供を捧げものにする順番を決めたからには、長が最初の役を買って出ないわけにはいかんじゃろしな」
村長の口からは、壮絶な決意がにじみ出ていた。
これを聞いた各家長は目頭を押さえ、一応に双子谷に課された定めを改めて胸に刻んでいた。
***
日の本という、北方から南方に長く折れ曲がった島国をぽきんと折らせないために、国の中心にある火山帯の麓へ長くから暮らしてきた人々の覚悟があった。
その覚悟は、大地と交わした定めという意識のもとに培われていた。
それは、物心のついた幼い時分から…。
ここに、双子谷集落がこの後連綿と引き継ぐことになる、閉じ子の伝説が始まるのだった。
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